ここから本文です

大糸線は、なぜ南小谷まで電化されたのですか? 白馬まてで十分だったのではない...

アバター

ID非公開さん

2019/6/2408:39:22

大糸線は、なぜ南小谷まで電化されたのですか?
白馬まてで十分だったのではないですか?

閲覧数:
78
回答数:
5

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

kar********さん

2019/6/2710:19:15

管理局境界変更は昭和62年のことで、電化よりずっと後の事ですので理由としては間違いです。

正解は「小谷村が望んだ為」です。
大町以北の電化工事は長野県主導の事業であり、地元自治体の請願によく応えていました。理由は後述します。

まず白馬村の請願に応える形で白馬電化が行われ、その成果を羨んだ小谷村が村内までの電化延伸を請願し、大型バスの転向スペースのある南小谷が終点として選ばれた、のです。

さらに言えば、白馬村の背後には八方尾根スキー場に投資する東急資本がいました。
地元自治体を隠れ蓑として東京から直通電車を走らせようとしたのです。
小谷村も東急資本を頼り、南小谷電化とほぼ同時に東急の手で拡張された栂池高原スキー場が営業を始めています。
その交通の足としてバスに乗り換えできる南小谷駅が電化終点として選ばれたのです。
だから、南小谷電化時の大糸線の管理局境界は、南小谷駅に関係ないのです。
鉄道電化まで白馬村の手口をまねた。東急は笑いが抑えられなかった事でしょう。

さらにさらに深く掘れば、戦後当時の長野県は筑摩分県運動が盛んであり、長野県は松本市率いる筑摩勢力への分断工作を盛んに仕掛けていました。
白馬も小谷も筑摩に属します。小谷村が望めば、NOとは言えないのが当時の長野県だったのです。
県としては分県運動阻止のためならば、白馬では不十分だったという事です。

重要な点は、国鉄の意思は全く無関係だという点です。国鉄の事業計画ではないので有難迷惑でもありました。
長野県が国に要望し政治介入、国鉄予算の配分を勝手に変更させたのです。
国鉄発足後、独立採算制への移行後の筈ですが所詮建前。超がつくローカル線の電化に開いた口がふさがらなかった事でしょう。
北陸本線電化は南小谷電化よりも後の事ですが、糸魚川駅構内に配慮は一切見られませんでした。

長野県が動いたので、新潟県内が全く連動しなかったし、計画さえないのです。
電化後の輸送量格差も結果論に過ぎません。電化の動機ではありません。

要は、戦後の観光資源としてスキー場が脚光を浴びており、小谷村も村内にひとつ欲しかったんです。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜4件/4件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

rap********さん

2019/6/2409:33:52

松本-南小谷間は長野鉄道管理局(現・JR東日本長野支社)の管轄
南小谷-糸魚川間は金沢鉄道管理局(現・JR西日本金沢支社)の管轄
と、南小谷を境に管轄が異なっていたからです。
電化区間を白馬までにすると長野鉄道管理局が白馬-南小谷間を運行するためだけに気動車を配備しなくてはいけなかったのです。
この区間を金沢鉄道管理局に運行依頼をせずに自前で車両を調達するには南小谷までを電化して白馬を境に運行系統を分断しなくて済むようにする方が効率がよかったのです。

yom********さん

2019/6/2409:12:26

新宿からの直通急行や特急が走りますから

gus********さん

2019/6/2409:07:17

登山、スキーブームがあったからでは。

mur********さん

2019/6/2408:42:45

なんで、全線電化にしなかったのですかね?そっちが気になるけど。
50/60Hz問題は無いかと思いますけど。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる