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江戸時代の土壌調整について 江戸時代あるいはそれ以前に、酸性土壌の中和とい...

mar********さん

2019/7/1209:21:58

江戸時代の土壌調整について

江戸時代あるいはそれ以前に、酸性土壌の中和という概念はなかったと思いますが、石灰の代わりの工夫はありましたか。

木灰や、枯れ木を燃やして中和と殺菌。

中和ではないですが、雑草を埋め込み醗酵させミネラルの再利用?
その他、そのような工夫を教えてください。

連作障害については知っていたと思われますが、転作、輪作については。

面白いお話し等お願いします。

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zeu********さん

2019/7/1209:49:47

日本における肥料の使用は中世からです。

鎌倉時代に草木灰を田畑にまいて、酸化した土壌を中和する方法が広まれました。
もっとも、草木灰をまくとどうして収穫高がアップするのかのしくみはわかっていませんでしたが・・・

室町時代になるとこれに下肥が加わります。
俗にいう、肥溜めのこやし、人間の糞尿を使った肥料です。
こちらは有機肥料になりますので、効果は絶大です。

江戸時代になるとこの下肥は百姓たちの取り合いになりました。
明け方になると江戸近郊の百姓たちが、江戸の厠(ボットン便所)の糞尿を取りにやってきます。
糞尿は無料ではなく、基本的に有料です。

大商人や上屋敷、つまり上級武士の厠は良いものを食べている階層の便ということで、年間金一両~二両ものウンコ代金を支払ったりしています。

貧しい長屋でも厠の糞尿の利益は大家のものでした。
長屋の糞尿ですと、百姓が大家宅に大根などの野菜類を置いていく程度ですが、無料ではありません。

落語に「てめえのところで糞してやらないぜ」
という下りは、生意気な大家に下層民が唯一できるささやかな抵抗という意味です。

最後に水田というのは、畑作に比べると地力低下が抑えられる農法です。
水田は無機養分が水と一緒に入ってきやすく、輪作や転作をしなくてもしろかきさえすれば毎年つくることができます。

転作や輪作は、地力が弱い上に畑作だった西欧に見られる農業です。
アジアは季節風の影響で降水量が多いため、どの国でも稲作が行われます。

現在でも大量の人口をアジアが支えれるのは季節風による大量の降水量で稲作ができるからです。

二毛作は室町時代以降、西日本で広まりましたが、水田後で麦を播くようなことはせず、荒れ地に麦を播くというのが主流です。
北陸を中心に水田単作が日本の農業の中心であり、これは今でも変わりません。

  • zeu********さん

    2019/7/1209:57:25

    補足。
    江戸時代の土壌調整のエピソードとして、富士山の宝暦噴火や天明の浅間山噴火による火山灰対策が有名です。

    富士や浅間山の噴火によって、大量の火山灰が関東地方に降り農業に壊滅的被害を与えました。

    当初は降り積もった火山灰を河川に流すようなことをしましたが、効率が悪く、河川氾濫の原因にもなり、火山灰除去が課題になりました。

    そこで考え出されたのが、掘り返し。
    表層に積もった火山灰をいったん剥ぎ取って集め、下の土も一緒に掘って積み上げます。
    次に積み上げた火山灰を戻し、最後に土を表層に戻すやり方です。

    現在、関東地方の多くの土地で地面を掘ると人工的な火山灰の薄い地層が見られますが、江戸時代に土を入れ替えたためです。

    とはいえ、こうした自然災害に見舞われることが日本は多く、明治になるまで数多くの餓死者を出すような飢饉が頻発しています。

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