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三国志の楽進ですが、本当は張遼に負けないくらいの名将だったんですか? 蜀で...

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ID非公開さん

2019/7/1819:53:48

三国志の楽進ですが、本当は張遼に負けないくらいの名将だったんですか?

蜀で例えたら誰が近いですか?

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kum********さん

2019/7/2218:48:07

張遼、楽進、于禁、張郃、徐晃は魏を代表する武将トップ5ですね。彼等が活躍する時期は多少ずれがありますが、いずれも魏の勢力伸張に一番貢献した人物です。

楽進と于禁は袁一族との戦いぐらいまでが主な活躍時期ですね。蜀との絡みが少なく、演義では目立っていない感じになりますね。一応楽進は荊州で関羽を撃退したりもしていますが、そこは演義的に都合の悪い描写なのでオミットされてしまいましたね。

蜀も同じく代表武将として関羽、張飛、馬超、黄忠、趙雲が描かれていますが、記述を見ると蜀の5人が魏の5人と同格ではありませんね。魏書には張遼等5人の次に主に武勇面で活躍してた人物10人をまとめています。附伝も含めると総勢20人ぐらいが描かれていますが、蜀の5人は魏のこの20人のどこかに割って入るぐらいだと思います。

特に万人の敵と評価された関羽、張飛、それと曹操に、ヤツが生きている限りは安心して眠れない、と言われた馬超辺りは魏でも上位に来ておかしくないと思います。性格的な欠点とかは張遼とかも同様に持っていましたから。

魏の5人の特徴ですが

張遼
呂布の後を受けて騎馬隊運用の中核を担う。騎馬の機動力を生かした遊撃や陽動、先鋒等が多い猛将です。その一方で冷静な状況判断力も持っており、対呉戦線ではその二つがいかんなく発揮された例と言えます。

楽進
基本的には最前線に自らも乗り込み、そのために負傷も多いが一番乗りの手柄も非常に多い勇将。ただの猪武者ではなく、荊州では関羽を撃退するなど防衛任務でも優れた才能を発揮する。対呉ではその実績で城の守将に任じられた。

于禁
前二人よりは退却時の殿や防衛任務の方での実績が多い、官渡前に曹操が劉備を攻めた時、袁紹が攻めて来ましたが、これを于禁は撃退しています。統率力に優れ、法遵守に厳しい武将。最後の敗北が無ければ魏の筆頭武将だったはずです。

張郃
黄巾の乱時代から活躍しており、少数の兵から大兵力の運用までこなす。また兵書にも精通しており、5人の中では一番曹操に近いバランスタイプの武将。劉備と諸葛亮が一番警戒していた武将でもあります。

徐晃
張郃と張遼の中間ぐらいの才能。慎重深くて負けた時のことまで折り込んだ上で準備を行い、いざ攻めるとなると部下に息をつかせる暇もなくなるぐらい猛烈な追撃を行わせている。関羽はこの猛攻によって敗れている。

5人の中では黄忠が一番近いかもしれません。ただ防衛面での実績は黄忠にはありませんので、楽進をやや小粒にしたのが黄忠、と言う感じになると思います。同じ名将と言っても、蜀の5人が主に武勇面でのエピソードが多いのに対し、魏の5人はそれぞれ違った特徴を持ちながら同等に評価されていることになります。

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ベストアンサー以外の回答

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nad********さん

2019/7/2013:32:02

楽進は勝率が一番高い武将です。
曹操が中原を支配できたのは彼のおかげと言っても良いでしょう。
張遼以上の武将でしょう。
蜀で例えても難しいです。
あまりにも楽進が強すぎて蜀武将に並ぶ人がいません。
楽進相手に勝てる武将やいい勝負をする者はいないでしょう。
魏延、関羽、張飛などでしょうがやはり見劣りしてしまう。

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kou********さん

2019/7/1918:32:19

まあ、蜀のだれと言っても、その辺はなかなか難しいんですが、張遼に負けない名将だったのは間違いありません。

曹操の初期から仕える古参の人で、曹操の勢力拡大にもっとも貢献した人物の一人といってよいでしょう。

「容貌短小以胆烈」(見た目は小柄だが激しい気性)というお方。
その性格の通り、先登(一番乗り)の功績を多く立ててます。

最初は書記官で募兵などに携わってましたが、濮陽の戦い(vs呂布)以降、曹操の主だった戦いにほとんど従軍し、先登などしてます。
官渡の戦いでは烏巣の淳于瓊を撃破しました。
以降、河北平定戦では西に東に転戦しながら大活躍。張遼が袁氏にトドメを刺しましたが、河北平定戦のMVPは楽進でしょう。
その後は、荊州方面、次いで揚州方面の守備に。合肥の戦いが、最後の活躍となりました。


まあ、物語では曹操の勢力拡大の様子があまり語られないので、劉備とやりあわない面々は地味になりがちなんですよね。
于禁なんかも最後の降参のトコだけが有名で楽進同様、曹操の勢力拡大時の活躍がほとんど語られなかったり・・・。不遇です。

張遼はもと呂布の部下ですから、曹操の部下になった時って、曹操が呂布を滅ぼし、袁紹と並ぶ大勢力になりつつあった頃です。
曹操がまだ弱小勢力だった頃から付き従っていた、楽進・于禁・曹洪といった面々はもっと評価されてよい人たちです。

sna********さん

2019/7/1908:45:00

張遼楽進于禁張郃徐晃は正史の同じ巻に列伝がまとめられており、この五人は魏でも同格にして別格の将軍です、演義では地味ですし曹丕が即位する前に死去しているのでイマイチだ扱いはわるいですが、官爵の推移などを見ると張遼より若干上の評価に見えます

上記の五人を蜀で例えると、蜀は魏の1/5以下の弱小国ですから、関羽かせいぜい張飛位しかいないでしょう

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