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神道無念流について詳しく教えてください。 どういう流派で、どういう特徴のある...

沖田さん

2019/8/1121:03:51

神道無念流について詳しく教えてください。
どういう流派で、どういう特徴のある戦い方だったんでしょうか?
新撰組幹部にも新道無念流の使い手がいたから強かったのは解ります。

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vaj********さん

2019/8/1716:12:54

神道無念流は、江戸時代の宝暦年間(1750年代)に福井兵右衛門嘉平という剣客が信濃の飯縄山で修行。そのとき、飯綱権現(狐に乗った烏天狗の姿をしている)から妙術を授けられて流派を編み出した。

福井の後継者であった戸賀崎熊太郎の時に、門人が敵討ちをしたことで流派は有名になる。熊太郎は息子と岡田十松の二人に流派を伝える。
戸賀崎の代で有名になっていたので、神田の岡田十松の道場(撃剣館)には有能な人材が集まった。藤田東湖、鈴木重明(鈴木派)、江川太郎左衛門や練兵館を開いた斎藤弥九郎も岡田十松の弟子である。

神道無念流の道場は今の埼玉県久喜市の戸賀崎、岡田の撃剣館、斎藤の練兵館の3つが有名であった。2代目斎藤弥九郎が武者修行で大村藩・長州藩の剣士を破り、それによって両藩は神道無念流を学ぶことになったため、練兵館の弟子は非常に多くなった。練兵館の系統で学んだ志士としては、桂小五郎、高杉晋作、井上馨、伊藤博文、品川弥二郎、渡辺昇(大村藩)がいる。他方、新選組の芹沢鴨は戸賀崎に、永倉新八は3代目岡田に学んだといわれる。
要するに新選組にも長州藩にも神道無念流を学んだ人間がいたことになる。

流派の特徴として、まず戦国時代以前の武術流派は、甲冑を着用しての戦闘を想定した剣法があり、また剣術のみではなく総合武術であることが多いが、神道無念流は江戸時代の流派なので甲冑をつけない剣術のみの流派である。
稽古には立居合・型(五加)・竹刀防具での撃剣があるが、撃剣のみを学んだ者が多かったといわれる。大上段から一気に面に振り下ろすような技や相手の小手を切って刀を持てなくさせるような技が多い。逆に、突きや胴はなく、防具も面小手のみだったといわれ、他流派からは「神道無念流の弱点は胴だ」と幕末から認識されていた模様である。しかし、この点については竹刀で撃ち合う試合と真剣の実戦を区別して考える必要がある。
神道無念流関係者による「突きや胴は実戦で用いることがないから稽古しない」という証言もあるように、実戦において突きや胴よりも面や小手の負傷者が多いという証言は少なくない。そのため、竹刀での試合において、防御方法を稽古していなかった神道無念流は突きや胴が弱点だったと考えるべきだろう。
この点について、竹刀中心で稽古した神道無念流と木刀・真剣に重点をおいた神道無念流を区別して考えるべきかもしれない。

斎藤の練兵館については、「位の桃井・技の千葉・力の斎藤」と評す向きもある。
明治維新以後は戸賀崎系・岡田系・練兵館系・大村藩系・鈴木派・永倉新八に学んだ一派の剣士がいたが、減少していき、現在は
練兵館で学んだ根岸―中山博道の系統
大村藩系統
鈴木派系統
などが流派を伝えている。

  • 質問者

    沖田さん

    2019/8/1717:00:27

    回答ありがとうございます!いくつか質問があります。
    1、今も胴技に対する防御技はないんでしょうか?
    2、今の時代も「力の流派」なんでしょうか?
    3、永倉は立居合も習得していたんでしょうか?
    解る範囲で結構なので教えてください

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質問した人からのコメント

2019/8/17 18:37:05

回答ありがとうございます!
丁寧な説明感謝します!勉強になりました。

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