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赤穂事件 なぜ浅野長矩と吉良義央は現在も官職名で呼ばれているのでしょうか? ...

織田信長に捨てられた里芋さん

2019/8/2013:52:03

赤穂事件

なぜ浅野長矩と吉良義央は現在も官職名で呼ばれているのでしょうか?

浅野内匠頭 吉良上野介

補足現在の話です
多くの歴史上人物が官職名で現在呼ばれていないのに
赤穂事件の2人は現在も官職名で呼ばれている理由が気になります

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shi********さん

2019/8/2017:10:44

物語的か、歴史学的か、ってことだね。

歴史学的には、本名が用いられることが多い。

が、物語になると、現場で用いられている言葉が用いられるようになる。

現場では、その人の本名よりも官職名が用いられる場合が多かった。

例えば、

大岡越前守忠相 ⇒ 越前守 (さらに略して)⇒ 越前
柳生但馬守宗矩 ⇒ 但馬守 (さらに略して)⇒ 但馬



これは・・・、たとえば、会社の部長を名字で呼ばないで「部長」と呼ぶのと似た話だと思う。ある意味敬称(敬いを示す、ということ)ということだね。

歴史学上では敬称で扱うと混乱する可能性があるから、本名を用いる、ということだね。

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zab********さん

2019/8/2015:28:35

官名が通称である例は、この二人に限ったことではないよ。

ちょっと思いついただけでも、何人もいる。

大岡越前(越前守)、水戸黄門(黄門は中納言の唐名)、知恵伊豆(松平伊豆守)、九郎判官(源義経のこと)、松永弾正(本名は久秀、弾正少弼は久秀の官職)、小栗上野介(名前は忠順、幕府の外国奉行)、天海僧正(僧正は、僧の最高位)とかね。

pio********さん

2019/8/2015:10:40

赤穂事件は歴史の出来事と言うより物語で、
最近は廃れたけど、昭和の頃までは「忠臣蔵」として年末のスペシャルドラマの定番だった。
(赤穂事件も年末に起っているため)
ドラマでの呼び名がその官職なので一般に知られているのだと思う。

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jun********さん

2019/8/2014:31:46

有名な事件で、事件直後から名前が、噂になる事が多かったから、
という事になると思います。
同時代の人達は、本名である諱を呼びあう事は禁忌だったから、
仮名や官途名で呼びならわします。

だから、江戸時代から、庶民の間で、有名だった人物は、
皆、官途名や仮名の方が現代でも、よく使われます。

官途名
大岡越前守、松平伊豆守
など

仮名
遠山金四郎、長谷川平蔵
など

彼らは、皆、庶民の間でも知名度があり、
存命中から、噂をされる機会が多く、
このため、諱より別名の方が知れ渡ったのだと思います。

ちなみに、忠臣蔵の人物は、他の登場人物も大抵、
仮名や官途名(私称)です。
大石内蔵助、堀部安兵衛、片岡源五右衛門、小林平四郎など。

kop********さん

2019/8/2014:08:02

昔、名前よびは不吉。

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