ここから本文です

大日本帝国陸軍乃木希典大将と婦人の殉死は乃木大将が夫人の同意を得ず殺害したと...

アバター

ID非公開さん

2019/8/2305:56:19

大日本帝国陸軍乃木希典大将と婦人の殉死は乃木大将が夫人の同意を得ず殺害したとの見かたがあります。自分もご夫人には殉死する理由は無いとおもいますがみなさんはどう思いますか?

閲覧数:
52
回答数:
5
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

ths********さん

2019/8/2613:33:45

乃木の残した遺書には「書いていない事に関しては妻に言い含めておくから、妻に聞くように」など、夫人が生存している事を前提とした文面があるので、乃木自身は夫人も一緒に殉死するという考えはなかった事がわかっています

「道連れにした」とかいうのは全くの見当違い、無責任な発言だと思います。

乃木の遺言全文(現代語訳)

第一
私は,この度,畏れ多くも天皇陛下のお後を追わせて頂くため自殺を致します。
私の罪は軽くありません。
西南戦争において軍旗を失いました。
その後,死に場所を求めておりましたが,機会を得られず生きながらえ,天皇陛下の深い御恩によって今日まで過分なるご厚遇を頂戴しましたが,ますます老い衰え,もはや(ご皇室の)お役に立てる時も残っていない折り,この度の一大事が生じ,全くもって恐れ入る次第であり,ここに覚悟を定めることと致しました。

第二
長男・勝典と次男・保典が戦死した後は先輩諸氏及び親友の方々からも,毎度,心を砕いて諭して頂きましたが,養子をとることの弊害は古くから謂われており,乃木申造や大見丙子郞のような例も少なくありません。
特に華族としての待遇を受けており,実子がいたなら家名存続も致し方ありませんが,実子がいませんので,かえって汚名を残すことへの心配がなく,天理に背くことはするべきでありません。

祖先の墓守は血縁の者がいる限りはその者たちが気をつけるべき事です。
従って,新坂の家は赤坂区又は東京市に寄付するようお願いします。

第三
遺産のことは別紙のとおり。その他のことは静子から相談させます。

第四
形見分けについて,自分の軍職上の副官だった諸氏には時計,メートル眼鏡,馬具刀剣など軍人用品の中から見繕って配分するよう塚田大佐にお願いします。
塚田大佐は,日清・日露戦争において少なからず尽力し,静子も承知のことですので,相談してください。
その他のことは皆の協議に任せます。

第五
天皇陛下から賜った品(各殿下から賜った品も),(皇室の)御紋付きの品は,すべて取りまとめて学習院へ寄付するように。このことは,松井・猪谷両氏にも依頼します。

第六
書籍について,学習院に引き取ってもらえるものは寄付します。そのほかは長府図書館に寄付します。
学習院同様,不要ということであれば別ですが。

第七
父,祖父,曾祖父の遺書の類は,乃木家の歴史ともいうべきものですので,しっかりととりまとめ,本当に不要なものを除いて,佐々木侯爵家又は佐々木神社へ永久無限にお預かり頂きたい。

第八
遊就館について,出品しているものはそのまま寄付します。
乃木家の記念として保存するにこれ以上よい方法はありません。

第九
静子について,いよいよ老境に入り,石林は不便なであって病気などした場合には心配であるとのこと,もっともです。石林の別邸は大舘集作に譲り,中野の家に住んで下さい。
中野の土地建物の処分は,静子のその時の考えに任せます。

第十
私の死体のことは石黒男爵にお願いします。医学校へ寄附して下さい。
墓には死体の代わりに毛髪・爪歯(義歯も)を入れれば十分です(このことは静子も承知しています。)。

恩賜の金時計は玉木正之に渡しました。軍服以外の服装のときにこの時計を持つことを禁じます。

以上のことのほか,細かなことは静子に申しつけておきましたので,相談してください。
乃木伯爵家は,静子生存中は存続させて構いませんが,断絶させるという目的を遂げることが重要です。

遺言は以上のとおりです。

大正元年9月12日夜

希典

(花押)

湯地定基殿
大舘集作殿
玉木正之殿

静子どの



読んでわかるように遺言では「細かな事は静子に申し付けておくから相談してくれ」とか「静子死後は乃木伯爵家は断絶させてくれ」など、夫人は死なない事が前提になっています
そして遺書の宛先の最後に「静子どの」としている事からも、これは夫人にも宛てたものであることが判ります

実際どういった経緯で夫人も一緒に死亡する事になったのかは、当人たちが記録を残していないので真相は一切不明です

ですが乃木大将自身は夫人を道連れにするつもりはなかった事は事実です。恐らく文面にある、遺言で夫人に申し付けておくとあるように夫人に自身の殉死を表明して以後の事を申し付けようとした際に、夫人の方から共に殉死すると言われて根負けしてそれを認めて共に殉死する事になったのではと思います
申し付けた日は、遺書を書き換える暇もなかった事から殉死当日だったと思います

夫人は戦争で息子二人を失い、この世に何の未練もない生活を送っていました
実際息子二人を失った後の夫人は生気を失い、生きているのか死んでいるのか分からないような外見で、盆栽いじりを唯一の楽しみに生活しているような世捨て人の様な状態だったそうです
そんな状態の夫人が、夫が明治天皇の為に殉死する。お前は生きて後の事を頼むと言われても、じゃあ一緒に死にます。この世に何の未練もありませんというのは、当時のご時世ではあり得ると思います

「夫人には殉死する理由は無い」
という認識はちょっと違うと思いますよ

ベストアンサー以外の回答

1〜4件/4件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

man********さん

編集あり2019/8/2322:58:41

ああ あれは 独りよがりの無理心中ですね。
古来 武家の妻が同じく殉ずる理屈など無く 出家する等 他の道がありましたから。
乃木さん 純粋な人ですが 周りの凡人からすれば 少しイッた人ですから。

urg********さん

2019/8/2318:54:27

それは本人に聞いてみなくてはわからんが
夫人にしても生きていたいとは思わなかったんじゃないかな。
早くあの世の息子に会いたかったろうと思う。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

ail********さん

2019/8/2315:47:06

頸動脈刺して介錯しています。本人は足縛って頸動脈刺しています。
本心はともかく自死しています。
介錯後自死しない選択肢有ります。
本心は他人の想像です。

私は無理に誘ったと思っている

同意と言うか、あやふやな返事を無理に同意に持っていった感じかな

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる