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憲法9条は誰がつくったんですか

ono********さん

2019/8/2708:11:58

憲法9条は誰がつくったんですか

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ベストアンサーに選ばれた回答

cx1********さん

2019/8/2720:04:06

以下東京新聞より転載(一部編集)
https://blog.goo.ne.jp/dreamtoday/e/6d1029bc4b23dd9e1c3b6c5bc2ce913...
(元のリンクが期限切れの為、他から引っ張ってきました)

『2016年8月12日 07時03分

日本国憲法の成立過程で、戦争の放棄をうたった九条は、幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)首相(当時、以下同じ)が連合国軍総司令部(GHQ)側に提案したという学説を補強する新たな史料を堀尾輝久・東大名誉教授が見つけた。史料が事実なら、一部の改憲勢力が主張する「今の憲法は戦勝国の押しつけ」との根拠は弱まる。今秋から各党による憲法論議が始まった場合、制定過程が議論される可能性がある。(安藤美由紀、北條香子)

九条は、一九四六年一月二十四日に幣原首相とマッカーサーGHQ最高司令官が会談した結果生まれたとされるが、どちらが提案したかは両説がある。マッカーサーは米上院などで幣原首相の発案と証言しているが「信用できない」とする識者もいる。

堀尾氏は五七年に岸内閣の下で議論が始まった憲法調査会の高柳賢三会長が、憲法の成立過程を調査するため五八年に渡米し、マッカーサーと書簡を交わした事実に着目。高柳は「『九条は、幣原首相の先見の明と英知とステーツマンシップ(政治家の資質)を表徴する不朽の記念塔』といったマ元帥の言葉は正しい」と論文に書き残しており、幣原の発案と結論づけたとみられている。だが、書簡に具体的に何が書かれているかは知られていなかった。

堀尾氏は国会図書館収蔵の憲法調査会関係資料を探索。今年一月に見つけた英文の書簡と調査会による和訳によると、高柳は五八年十二月十日付で、マッカーサーに宛てて「幣原首相は、新憲法起草の際に戦争と武力の保持を禁止する条文をいれるように提案しましたか。それとも貴下が憲法に入れるよう勧告されたのか」と手紙を送った。

マッカーサーから十五日付で返信があり、「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったのです」と明記。「提案に驚きましたが、わたくしも心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安どの表情を示され、わたくしを感動させました」と結んでいる。

九条一項の戦争放棄は諸外国の憲法にもみられる。しかし、二項の戦力不保持と交戦権の否認は世界に類を見ない斬新な規定として評価されてきた。堀尾氏が見つけたマッカーサーから高柳に宛てた別の手紙では「本条は(中略)世界に対して精神的な指導力を与えようと意図したもの」とあり、堀尾氏は二項も含めて幣原の発案と推測する。

改憲を目指す安倍晋三首相は「(今の憲法は)極めて短期間にGHQによって作られた」などと強調してきた。堀尾氏は「この書簡で、幣原発案を否定する理由はなくなった」と話す。』
(転載終わり)


国連憲章は幣原が組閣した10月に発効した。
元外交官だった幣原は英語に堪能であり、すぐにこの憲章に目を通した事は想像に難くない。

そこで目にした敵国条項。

これに引っかかれば日本は何回でも焦土にされてしまう。

「日本が独立を回復する前に、なんとかこの条項に引っかからない為の方策を考え出さねば」と思っていたのだろう。
そしてそれが9条の元である戦争放棄になったと個人的には推測する。

1946年

1月24日 幣原首相とマッカーサーが会談

2月1日 毎日新聞のスクープ

3日 マッカーサー三原則

4日 GHQ民政局憲法草案作成作業の開始

8日 憲法問題調査委員会松本委員長が「憲法改正要綱」をGHQへ提出

10日夜 民政局草案がマッカーサーに提出される

12日 GHQ草案完成

13日 日本政府に提示される

22日 閣議においてGHQ草案の受け入れ決定

25日 GHQ草案全文の仮訳が閣僚に配布される

26日 GHQ草案に沿った新しい憲法草案を起草することを決定

というのが公式な一連の流れだが、1月24日の会談で、幣原首相がマッカーサーに戦争放棄を提案する。
しかし草案を作っているのは松本が率いる憲法問題調査委員会。
どのようにして戦争放棄を草案に入れるかが問題になったはずだ。

その時同時に、2月8日提出予定の「憲法改正要綱」がGHQのお眼鏡に叶わなかった時のGHQ側の対策にも当然話が及んだだろう。

2月8日の松本案提出を待ち、内容を精査し、オメガネに叶わなかった場合はそれからまた再提出させ、またお眼鏡に叶わなければ何度でも再提出させる・・・というのではいつまで経っても日本は独立出来ない。

だから事前に内容をリークし、先に内容を精査してもらい、GHQのオメガネに叶わなかった場合、雛型となるGHQ草案を作ってもらう。
そしてその中に戦争放棄を入れてもらうように頼んだか、又は話し合いの結果、そういう結論に達したのだろう。

25か26日には「GHQ草案を作る可能性が高いので準備するように」と、内々に指示していたはずだ。そしてこの時点で戦争放棄も入れるように指示したのではないかと、個人的には推測する。

結果当時毎日新聞がリークした松本案には民主主義も人権も、何の規定も無く、欠陥憲法であった明治憲法とほとんど変わらない物だった為GHQは一蹴,GHQ草案を作り始めたと推測する。
直前に幣原首相がマッカーサーと会談して提案した戦争放棄を、マッカーサー草案としてGHQに提示し、GHQ草案に入れるように指示するが,マッカーサー草案では自衛戦争も否定していた為、民政局リチャード・プールの進言によりケーディス大佐がマッカーサーの許可を得た上でその部分を変更して日本政府に提示。
芦田均を委員長とする衆院の特別委員会で審議を重ね、芦田修正等、条文を練り上げた上で改正要網として発表し制定したとされている。
どちらにしても9条は純日本製。
押し付けられたのは民主主義や人権。
「押し付けだから改憲」と言うなら民主主義や人権を削除する事になる。
事実安倍政権の元法務大臣だった長勢甚遠は、「国民主権、基本的人権、平和主義を無くさないと自主憲法にならない」と言っている。
https://youtu.be/KqT6oAoEkFU

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ID非公開さん

2019/8/2717:04:46

アメリカ人です。

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