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キリスト教の歴史を(成立、発展、現在まで)を各創始者の生涯と、成立してからど...

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ID非公開さん

2019/8/2810:20:17

キリスト教の歴史を(成立、発展、現在まで)を各創始者の生涯と、成立してからどのように広まったか教えてください!

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inr********さん

2019/8/2906:44:28

大まかな流れを記述すると

最初の高度文明シュメールが成立し、ミトラ神信仰が生まれました(紀元前38~35世紀頃)

ミトラ信仰は紀元前15世紀にミタンニ王国(メディア帝国)で宗教化し、ミトラ多神教となります
オリエントのすべて民族は、それぞれの名前で呼んで信奉してました
ヘブライ人(ユダヤ人の元)も例外ではないです

ペルシャ帝国はミトラ神を帝国の守護神とし、ミスラと呼んでました
ツアラツストラが、ミトラの光と叡智を神格化して、アフラ=マズダ神を造り一神教的な特徴のあるゾロアスター教(拝火教)を生み、ペルシャ帝国の国教としました

ヘブライ人は聖書によれば、出エジプトの際もモーセの目を盗んでミトラ神を象徴する金の仔牛像を拝んでました
その為、危機感を感じたのか、ヤハウェの十戒で「偶像崇拝の禁」を挙げてます
ミトラ神を象徴する金の仔牛像潰しであること明白です

ヘブライ人たちは、古代イスラエル王国を建国しましたが、ここでもイスラエル人はミトラ神を象徴する金の仔牛像を拝んでました

イスラエルは、北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂。(紀元前10世紀)
北イスラエル王国が先に滅亡し、南ユダ王国は紀元前536年に滅亡し、バビロニアに奴隷として連行されました。(バビロンの捕囚)

バビロニアは、ミトラをマムルーク神として信奉してました
やがて、アケメネス朝ペルシャ帝国がバビロニアを滅ぼし、ユダヤ人たちの帰国を認めました。
この捕囚中に、ユダヤ教は完成し南ユダ王国の亡民たちは、以後ユダヤ人と呼ばれます


この時、アケメネス朝ペルシャ帝国の国教はゾロアスター教(拝火教)であり、ユダヤ教はそれによく似てます
ゾロアスター教(拝火教)を参考にしたことは明白でした

ちなみに、ユダヤ教・キリスト教のシンボルは、共通してメノラー(7枝の燭台)です。
イスラエル共和国の国璽にもなってます。

メノラーは、炎と光に神性を見出すゾロアスター教(拝火教)由来のシンボルです
また7枝というのは、古代シュメールの「生命の樹」の象徴です
「生命の樹」は仏教において「世界樹」といいます
百済から日本に送られた七支刀のルーツは、7枝の「生命の樹」/「世界樹」です。

その後ユダヤは、アケメネス朝ペルシャ帝国、セレウコス朝シリアなどに支配された後、紀元前1世紀頃にはローマ帝国の支配下となります

この頃にイエスが生まれ、ユダヤ教の改革を訴えて回りました
ローマ帝国が、ユダヤの王の存在を禁じて廃位にしましたが、イエスはユダヤの王だと主張し、磔刑となってます

イエスの死後弟子たちが、イエスの教えを説いて周り、初期のキリスト教の基礎が出来上がりました。
中人人物はパウロだと言われてます

しかし、紀元1世紀~2世紀にユダヤは大きな反乱を起こし、ローマ帝国に攻め潰されます。
ユダヤ人はエルサレムに居ると死刑にすると宣言されました


この時点で、キリスト教は、布教対象をユダヤ人からローマ帝国の人々に変えざるをえませんでした

ユダヤ教は、ユダヤ人は神から祝福されており、やがて救世主が現れて救われ、ユダヤ人以外の全ての民族は地獄に落ちると言う宗教です

キリスト教は、ユダヤ人(ユダヤ教徒)をキリスト教徒に置き換えて、キリスト教徒はイエスが再臨して天国に引き上げられるが、異教徒は地獄に落ちるに変化しました
イエスを神の子、救世主とすることでユダヤ教から分離してます



紀元前3世紀、ローマ帝国はミトラを帝国神とし、帝国中にミトラ像を置き、支配層はミトラ教の密儀を盛んに行ってました
一方、キリスト教は、ローマ帝国の下層民の宗教であり少数派でした

キリスト教はミトラ教を真似て、キリストの神格にミトラの神格を取り込みました。
例えば、ミトラは12月25日に厩で生まれてますが、これはキリストの誕生日(クリスマス)とされてます

後にミトラ教の真似であることを有耶無耶にするためか、キリストの誕生日は不明としてます

更に、キリスト教徒は、牛の頭を持つとされるミトラ神を、山羊の頭に書き換え、邪神・悪魔だと流布して貶めます
このときの作られたイメージが、キリスト教の悪魔のイメージです

紀元4世紀、遂にキリスト教はミトラ信仰を逆転し、ローマ帝国の皇帝コンスタンティヌス1世がキリスト教を取り上げ、紀元4世紀後半、キリスト教を国教としてます

その後、キリスト教化が強化され、非キリスト教徒であることが許されなくなり、異端は排除されます。
マリアの神性を認めないネストリウス派は431年のエフェソス公会議において異端認定され、排斥されました。

これにより、ネストリウス派はペルシャ帝国へ移動し、7世紀ごろには中央アジア・モンゴル・中国へと伝わってますが、中国皇帝の庇護を得て、何度も中国で「景教」として大流行してます。
近年、景教の中国文化への影響が非常に大きいことが次第に明らかになりつつあります


ちなみに遣唐使として唐に渡った空海は、景教の総本山「大秦寺」に学んでいて、景教の経典=漢字の聖書を日本に持ち帰っており、京都に現存します
空海は、その後マニ教寺院に学んでます

マニ教とは、アジアに広まったミトラ教のことです
空海は真言密教の開祖ですが、密教とはもともとバラモン教の山岳信仰であり、仏教化されています。
その為、ミトラがインドに伝わった大日如来を最高の信仰対象とし、釈迦より上だとします

ミトラは、何度もインドに伝わってその度に別の神格として仏教に取り込まれており、阿修羅・大日如来・毘沙門天(四天王)・牛頭天王・弥勒菩薩となってます


秦氏は国内外の景教学者がこぞって景教徒(ネストリウス派キリスト教徒)だと主張しており、京都の根拠地「太秦」は、中国本山の大秦寺に由来するとしてます
太秦には奇妙な三本柱の鳥居である、蚕の鳥居があり、キリスト教の三位一体を表すともいいます。

糺の池の上にあり、ユダヤ教や原始キリスト教に共通する禊池(みそぎいけ;ミクバ)だと言われてます
ユダヤ・キリスト・修験(後の密教)・神道は、共通して禊を行いますが、方法が全く同じで、頭からザブンです

キリスト教では簡略化して、洗礼としており、神道などでは手水としてます
神道の「禊(みそぎ)」の概念は、キリスト教由来と言われたりします

秦氏は、松尾大社と伏見稲荷大社を氏神とする他、四天王寺の建立にも関わっており氏寺としてます

特に神道に与えた影響が大きく、稲荷神社は現在全国に4万社存在し、神社の4割近くを占めます
松尾大社から分祀した日吉大社は、大津京・平安京の守護社であり、戦国時代までは日本最強の神社とされて、豊臣秀吉の生誕伝説までありました

最初に神輿を始めたのが日吉大社で全国に広がりましたが、その形状は、聖書の聖櫃(アーク)にうり二つであることは言うまでもないでしょう


キリスト教はローマ帝国の国教となることで、地位を確立し、やがて強制されるようになりました。
その排他性から、異端を許さず、魔女狩りのような極端な事例まで引き起こしてます

欧州ではキリスト教への自発的な改宗が起こったわけではなく、上から強制されたものです
やがて、親兄弟地域全てがキリスト教の環境で生まれ育ちますので、キリスト教徒であることが当たり前になります


アジアなどでは、キリスト教は歯がたちませんでしたが、教育をろくに受けていないアジア・アフリカを中心に現在は布教活動しており、信徒が増えていることから、南米から教皇が出たわけです

しかし、10年以内にイスラム教が抜いて1位になると予測されてます



写真は、聖書で強く禁じられた(偶像崇拝の禁)、ミトラ神を象徴する金の仔牛像です

キリスト教は、ミトラ教を真似て造られたものですが、ローマ皇帝がキリスト教を国教に据えようと整備命令を出したことが発端であろうと思われます

大まかな流れを記述すると...

  • inr********さん

    2019/8/2907:12:50

    ユダヤ教・キリスト教に共通のシンボル「メノラー」です
    写真はイスラエル共和国の国章です

    7枝の燭台であり、蝋燭(ろうそく)の置き台です

    ゾロアスター教(拝火教)由来のシンボルで、その影響力の大きさを物語ってます

    神社の灯籠や密教の護摩(神道も真似て護摩を焚きます)もゾロアスター教(拝火教)由来です

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mit********さん

2019/8/2811:38:40

ユダヤ人がユダヤ教をやっていた前1世紀
ローマ共和国が侵攻しパレスチナは植民地化される。

1世紀、何らかの理由でキリスト教が派生
初めはユダヤ教的なものだったが、
色々な教派が生まれ教典も多種多数が書かれた。

1世紀にイエスなるおっさんが甦ったとする大ニュースは
まるで痕跡がない。(一次史料は皆無)
「イエスが生き返ったからキリスト教が広まった」は事実と異なるのだろう。


4世紀初めにローマ帝国の皇帝コンスタンティヌス1世が
キリスト教の政治利用を考え、帝国により諸派あったキリスト教
は性急にまとめあげられる。380年キリスト教はローマの国教になった。

よって帝国の採用した一派だけがキリスト教の"カトリック(=普遍)"
へと成長したのだ。1世紀の原型をとどめていない
いびつな教義を持つ宗教であるのも無理からぬ事であった。

他宗教を認めない性格のあるキリスト教が8世紀に
欧州一帯で根付くと、その後は虐殺や戦争を繰り返す非平和の装置
として20世紀まで君臨、欧州人の目が醒めたのは最近の話だ。


15~16世紀にかけ米大陸を発見したスペイン人ら(カトリック)は
先住民を大虐殺の果てに大陸を占領、宗教を押し付けた。

18世紀には豪州大陸も英国人に乗っ取られた。
アジアもアフリカも植民地化された。
そして「神と通信している」という錯覚のもと
あらゆる搾取と支配が行われ、地球上に今も痕跡を残している。
殺人を伴いながらキリスト教領域は増えていった。狂信は危険だ。

(2015年 ローマ法王の謝罪)
南米を訪れ、キリスト教徒による征服・虐殺の歴史に深い謝意を示した。
>「神の名の下に、先住民に対したくさんの深刻な罪が犯された」「はっきりと言いたい。アメリカ大陸征服の際、先住民に行われた犯罪行為について謙虚に謝罪したい」


キリスト教会が犯した宗教的殺戮は、1億人を超えるといわれている…
http://hexagon.inri.client.jp/floorA6F_ha/_floorA6F_ha.html

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1375204673
ユダはマタイ福音書で首吊り自殺していますが、使途言行録では真っ逆さまに落ち、体が真ん中から裂け、はらわたを撒き散らしています。

また、マタイ福音書では銀貨を神殿に投げ込んでいますが、使途言行録ではその報酬で土地を買っています(使徒1:18)。マタイの方は、土地は祭司長らが買います。(マタイ27:6ー10)
理性的に見て、どう両立できるのでしょうか?

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