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シベリア抑留って結構キツかったですか?

名無しさん

2019/8/2817:41:48

シベリア抑留って結構キツかったですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2019/8/2818:15:43

シベリアに拘留された事無いんで(´ε`;)ウーン…
が、その手の話を読んだりする限りかなりヤバい。

極寒だし、まともな栄養さえ取れん。
心理的にも、仲間がどんどん死んでい状況何てゾッとする。
逃げようにも、地理がわからんし…そもそも過酷な環境では
その意欲さえ消えちまうんだろう。
単に、結構キツいだなんて多分、安易な言葉となるんであろう。

まともな思考も恐らくは。o○

しょっぽクン

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he0********さん

2019/8/2823:41:39

シベリア(約四七万二千人)、外モンゴル(約一万三千人)、中央アジア(約六万五千人)、ヨーロッパ・ロシア(約二万五千人)などにある捕虜収容所約一二○○から約二三○○ヵ所、監獄その他の特殊収容所約一○○ヵ所に分散収容された。その範囲は東はカムチャッカ半島、西はドニエプル川、北は北極海沿岸、南はパミール高原の西山麓にまでおよぶ。捕虜たちを苦しめた環境もそれぞれだった。シベリアでは零下四五度の極寒が、中央アジアでは四○度の炎熱が、湿地帯ではブヨの大群が、乾燥地帯では渇水が、捕虜たちを苦しめた。そのうえに、飢餓のなかでの鉱山採掘から運搬、鉄道敷設、土木工事、森林伐採から製材、運搬、農場作業、漁業作業、港湾の荷下ろし作業、道路改修作業都市公共施設の建設、各種工場の労働、放牧や餌やり、清掃、干し草集めなど朝六時に始まり、十二時から一時間の昼食を挟んで、日没まで働きづめだった酪農作業などの重労働が重なり、収容所の部屋が極端に狭く、仰向けで寝る事ができず、床にわらを敷いて皆普段着のまま横向きで寝た。居住条件自体が様々で、幕舎で寝起きしなければならない大隊もあれば、ゼムリャンカと呼ばれた窓が一つの平屋の半地下のバラック小屋に収容された大隊もあった。湿気が多く、大変寒かったと言う。中には、住居となる建物自体を自分たちの手で建てなければならない例もあった。収容所の周囲には鉄条網が張り巡らされ、監視が居た。黒パンとジャガイモがロシア人の屈強な体力をつくり、米と味噌汁が日本人の強靭な体力をつくる。寒さに強い体質のロシア人が平気で耐えるシベリアの酷寒も、温暖な気候で育った日本人には殺人的な寒さとなる。ロシアの寒さは、毛皮の外套(がいとう)をまとい、毛皮の手袋をはめ、毛皮の靴をはいても防げなかったという。重労働もつらかったが、もっと怖かったのは凍傷だった。鼻や耳が白くなり、壊死して黒くなると切り落とすしかない。仲間と「おーい、白いぞ」と声をかけ合い、互いにマッサージした。ぼろきれを顔と頭に巻いた。日本人に凍傷が多かったのは粗末な衣服とも相まって体質に一因がある。ソ連人は、自分たちと同等もしくはそれ以上に食料を支給し、同じ酷寒で働いたのに、なぜ日本人に犠牲者が多いのかといぶかった。条件を無視してノルマ、ノルマで追い立て、ノルマを達成できなければサボタージュだと断じて処罰した(このノルマという言葉自体、元抑留者たちによって日本に持ち帰られたロシア語である)。そうではないのだ。日本人にふさわしい衣食住を提供すればロシア人と同等に働けたに違いないのである。往々にして、外的な条件が抑留者の作業時間を左右した。例えば、貨物列車が近くの駅に入ってくる度に、夜中であろうが時間におかまいなしに、抑留者たちは貨物をおろす作業に駆り出された。抑留の初期には、休日なしで一日十時間から十四時間ものあいだ働かされるのが普通であった。カザフスタンのアルマアタ第四○収容地区に抑留された吉田一雄は、マイナス五○度で作業に駆り出されたと記している。「或朝、暗いうちに百人程が屋外に整列させられた。発電所の水路が凍ったので氷割りの使役であった・・・ラーゲル着は夜中だった。足は凍傷に罹り、四本の指は皮が剥け半腐れの肉が腫れ上がり疼いた。ラーゲルの八割の者が凍傷に罹ってしまった。それでも作業は休ませなかった。」アルチョム第一二収容地区に抑留された小沢道雄の体験は劇的である。「小沢道雄は、アルチョムから満洲の牡丹江へ逆送されることになった。昭和二十年十一月十二日、暖房なしの貨車で出発し、十月十九日に着くまでの一週間、マイナス四○度くらいの車内に夏服で閉じ込められ、生死の境目をさまよった。ソ連は、病弱者ばかりなのに暖房しないという冷酷な処置をしたのだ。その結果五○○人のうち約半数が「冷凍人間」となって死亡した。小沢道雄は死ななかったものの両足が凍傷に罹り、翌昭和二十一年一月十三日にソ連軍管理下の牡丹江陸軍病院で日本人の内科医によって両足切断手術を受けることになる。麻酔なしの二時間の手術は想像を絶し、その痛みは一ヶ月も続いた」という。酷寒・飢餓・重労働」のひとつでも大変なのに、これが重なったのである。ソ連側もそれなりに対策を講じようとしたが、当初はほとんど効果がなかった。とりわけ抑留最初の昭和二十年、二十一年の冬は厳しく、抑留中の死亡者のおよそ八割がこの時期に集中している。衛生や医療も劣悪だった。住居が不潔なため寝床にはシラミや南京虫が居り、発疹チフスや赤痢、肺炎などの伝染病が流行して死んだ。当時のソ連の医者のレベルが低かったことは衆目の認めるところで、医薬品もまったく足りなかった。南満洲鉄道株式会社(満鉄)社員だった佐藤健雄は、昭和五十七年六月十八日、通産省の外郭団体(当時)だったアジア経済研究所で、「満鉄のソ連調査」というテーマで次の様な報告を行っている。「戦後まもなく私たちはシベリアに連行されました。当時のシベリアの銃後の生活は惨たんたるものでした。日本人捕虜は全体で六万人くらいいたと思うのですが、その捕虜の着ていた衣類さえも取り上げられてしまい、シベリアの田舎では、ロシア人女性が日本人捕虜の服を着ているという状態でした」。服を取り上げられた捕虜は、何を着ていたのか分からない。さすがに捕虜を裸のまま放置したという記録は見つからない。おそらく、ソ連は関東軍の備品をあらいざらい略奪していたから、その中の衣服がロシア人に配給されていたのだろう。いずれにしても、ロシアの貧しさは伝わってくる。さらに驚くべきは、以下の記述である。「労役に服していたときにたまたま接触したロシア人の子供たちに、『大きくなったら何になるんだ』と聞くと、『捕虜になるんだ』と言っていたくらいです。労働させるために、捕虜にはどうにか飯を食わせていたのです。これほどシベリアは疲弊しておりました」。昭和二十一年度はソ連本国も数十年来の旱魃で、抑留では多くの日本人が食料事情の悪化に苦しんだが、ソ連兵も似たような境遇だった。食事は朝晩は飯盒の中蓋一杯ほどの高粱や粟など雑穀のカーシャ(ロシア式粥)と、飯盒半分の枝豆やジャガイモのスープもしくは飯盒半分にも満たない塩ニシンを煮たしょっぱいスープ一~二杯ぐらい、或は青いままのトマトが二個か三個のみ。昼は握り拳ほどの黒パン一切れか、ゆでた大豆、粟、トウモロコシの茶碗一杯分が一日三回だった。肉はおろか、魚も切れ端程度、野菜にいたってはジャガイモの一片か皮が浮いていればましな方だった。この野菜不足からヴィタミンが欠乏して壊血病になり、夜盲症になる者が続出した。その為、季節にはアカザその他の野草採取を交渉して多数で出かけて補給したりした。黒パンは一日あたり三○○~三五○グラムだった。少しの食事を求めて、日本兵の間には緊張感が漂っており、当番の人が黒パンを切る手元を、みんながじっと見詰める。「こっちの方が大きい」と言う声が出る。注文が付くと、不満が出ないようパンくずで調整した。時節によってはこの黒パンさえ途絶え、連日大豆だけしか支給されなかったり、冬季には交通が途絶して一週間も食料が来なかったりした。この黒パンであるが、本来の黒パンはライ麦粉からつくるものだが、当時は粗挽き小麦粉に大麦粉やポーミー(玉葱粉)、フスマなどを混ぜたものを水で練ってイースト菌で発酵させて焼いたもので、極めて粗悪な黒パンだった。酸味が強く、水気の多い黒パンであり、初めのうちは独特の酸っぱい味に皆、閉口した。本国からの食料は届かず、現地で手に入る穀物などを食材にするしかなかった。農場で豚や牛の世話をしていた時、あまりの空腹にふらつき、見張りの目を盗んで家畜のエサを口にした者も多く居た。村の農家が大豆の油を絞った後で家畜の飼料にする油かすを食べたり、畑から凍ったキャベツを持ってきて食べたりした。それでも収容所付近の住民は乳製品など食べ物を分けてくれた例は多い。

ryo********さん

2019/8/2822:20:50

偉い人たちは「赤い貴族」という待遇だったとさ。

bro********さん

2019/8/2817:48:56

60万人抑留され、10万人が過酷な労働環境のために命を落としています。
韓国が文句をいっている徴用工より、本気でキツイ環境でした。

hk8********さん

2019/8/2817:46:12

でなければ、「不毛地帯」「岸壁の母」という
作品が世に出なかったでしょう。

oto********さん

2019/8/2817:43:14

生きてないのでは

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