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日本海軍が対米戦に戦略として計画した漸減邀撃作戦は 連合艦隊の図上演習で常に成...

fir********さん

2020/1/1509:48:42

日本海軍が対米戦に戦略として計画した漸減邀撃作戦は 連合艦隊の図上演習で常に成功を収めていたのでしょうか?

訓練の充実、主砲弾の水中弾道や酸素魚雷などの性能優先で アメリカ海軍より優位に戦いを進められると考えられていたのでしょうか?

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zez********さん

2020/1/1600:25:10

漸減邀撃戦略は「対米戦に戦略として」計画したのではなく、自らが主張した戦力比対米7割を外交上放棄せざるを得なかった(というか、そもそも無条約だった頃に7割を確保できていた時期は一切ありませんでしたが……)海軍現場組が自分たちの要求が通らなかった現実から目を逸らすために「これでも大丈夫」という結論を導き出すために作り上げた「海軍版・なろう小説」でしかないんですよ、本当のところは。

ですから対米6割ちょいを条約が保証していた時期には国防の根幹としてもてはやされましたが、無条約時代に突入した後に「本当にアメリカとの開戦が不可避になった」頃には漸減邀撃戦略に特化した軍艦・兵器群は別の役割をあてがわれるようになり、「まだほかにも使い道があるだろう」と考えられた兵器が対米戦の日本側の主役となっています。日本の戦艦群が港の置物と化したのも、結局燃料・修理の問題から「使い道が無い」と判断されたが故のことです。

  • 質問者

    fir********さん

    2020/1/1603:12:41

    回答ありがとうございます!

    ワシントン条約時は 戦艦では数の上で勝てないから 条約外の重巡や駆逐艦、潜水艦で 漸減邀撃戦略をとり、主力艦決戦の時には同数にするという見込みが ロンドン軍縮条約では その漸減邀撃戦略の主力である 重巡、駆逐艦、潜水艦に規制をかけられてしまったので、漸減邀撃戦略そのものも見通しが暗くなってしまったというのが、反条約派の言い分だったと思います。

    しかし、ロンドン条約が無くても 日本が国家予算的に建造可能な補助艦艇はアメリカは更に多く造れるので、元々漸減邀撃戦略はロンドン条約が無くても成立していなかったのではと思いました。

    なので、日本海軍はシミュレーションとしての図上演習で勝てる見込みを立てていたのかが気になりました。

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oba********さん

2020/1/1520:18:09

数的不利な連合艦隊は普通にやると勝てないのを知っていましたから
小細工して互角に戦えるかのように喧伝していただけです。

戦前の日本海軍は演習における射撃の命中判定が甘く設定されていて
大砲はアメリカの3倍も命中するとかホラ吹いていましたし。

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fou********さん

2020/1/1514:22:02

事前の図上演習では一度も上手く行かなかったようです。
常に日本海軍艦隊が敗北を喫していたようです。


Webからの拾い物です。

広大な太平洋において「漸減邀撃作戦」という守勢の待ち受け作戦では、こちらに都合が良い様に十分な戦力と体制を揃えて、ドンピシャリのタイミングで敵艦隊に遭遇することが極めて困難だったのです。
しかも、そもそもこの作戦の発案者であった末次信正提督が戦前から指摘していた欠陥がありました。

それは勢力が7割しかない日本艦隊が先遣部隊を出して「漸減」しようとすれば、勢力10割の米艦隊に逆に各個撃破されてしまうかもしれない点です。
日本海海戦で活躍した秋山真之参謀も研究した村上水軍の奥義は「わが全力で敵の分力を撃つ」ことでしたが、日本艦隊の「分力」たる先遣部隊が、米艦隊の「全力」により各個撃破されてしまう恐れもありました。
これでは連合艦隊主力戦艦部隊は、圧倒的に不利な決戦を強いられることもあり得たのです。

実はこの「漸減邀撃作戦」の図上演習(今日でいうシミュレーション)では、何度行っても一度も米艦隊に完勝したことはなく、むしろこのまま推移すると日本艦隊の形勢が不利になりそうな時点で演習中止になるのが恒例となっていました。
このことは陛下もご存知だった様です。
従って、「漸減邀撃作戦」では米海軍に勝てないことを海軍の首脳陣と一部の高級参謀達は知っていたのです。
しかしこれは機密事項として海軍部内一般の将校達は知らず、教本となっていた「海戦要務令」を勉強して、全海軍がこの「漸減邀撃作戦」の猛訓練に励んできたのです。
それだけ思想統一がされていました。

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eb7********さん

2020/1/1511:36:23

日本海軍はハワイ奇襲を成功させて米主力艦を撃滅し、日米早期和平に至るのが開戦時の基本戦略。その失敗でB案として漸減邀撃作戦を計画した。

B案であっても、早期に和平を結ばないと米国の工業力が本気で兵器生産を始めてからでは”漸減邀撃”など不可能になる……という点をいつの間にか忘れ、勝てる見込みが無いのなら日本不利でも早期講和でそれ以上の損耗を出さない……などという理性的な判断を欠いて、その後は終戦の絵も描かれずに迷走状態。

言えるのは、戦略的には長期戦で米国には絶対に勝てない事が明白だったこと。個別の戦闘で勝つか負けるかの議論をしても、戦略物資がやがて枯渇する日本が、無尽蔵に兵器を戦線に投入して来る米国に勝てる訳がない事。

その現実を頭では知っていても対米戦争を止める動きが無かったのは、戦争指導者達がマヌケだったとしか言いようがない。

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ken********さん

2020/1/1511:08:53

まだ陸上機が2000kmも飛べる以前の話


航空母艦もない時代アメリカ海軍全てを使った大きな艦隊を組織しても、太平洋側からの攻撃では日本を落とすのは実質的に不可能。



第二次世界大戦で大きく変わったのは、航空母艦を主力とした艦隊の実用化とB29のような長距離飛行能力を持った大型爆撃機の実用化。この二つの完成が予見できていたら、国防戦略の有りかたも変わってたよ。
でも二つとも戦時中に生まれたもので、戦前の構想では対応する事は無理。

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