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篠山城や、膳所城、彦根城など、天下普請で築かれた城に、徳川義直が、お手伝い普...

伊賀鰤囲井さん

2020/1/2719:00:03

篠山城や、膳所城、彦根城など、天下普請で築かれた城に、徳川義直が、お手伝い普請に駆り出されて、ブーたれていた、という話を聞いたことがあるのですが、本当ですか?

知ってる方教えてください。

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ベストアンサーに選ばれた回答

glo********さん

2020/1/2720:25:59

実話ではないでしょう。
徳川義直は1601年生まれでこれは膳所城が築城された年です。
彦根城は1603年、篠山城でも1609年です。
元服どころかほんの子供の義直が普請に駆り出される事はありません。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

lit********さん

2020/1/2720:40:27

後に御三家と呼ばれる
尾張、紀伊、水戸
の三家の祖
義直、頼宣、頼房

幼くして大大名になってはいたものの
父家康とともに駿府にいて
領地の運営は家康に付けられた家臣が行なっていました。

義直は甲斐から尾張に国替えになりますが
甲斐を与えられた時、実際に義直が甲斐を訪れることはなく
家康が死んでからはじめて、領地である尾張に赴いています。

家康が手元から離さなかったわけです。

膳所城、彦根城は家康が天下普請として築城を諸大名に命じたわけですが
現地に義直が赴くわけはないですね

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