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アンリルソーは生前、批評家から絵を酷評されたようですが、ピカソなど少数の芸術...

jan********さん

2020/2/1208:01:48

アンリルソーは生前、批評家から絵を酷評されたようですが、ピカソなど少数の芸術家からは絶賛されたようですね。人によってこれ程までに評価が変わるのはなぜですか?批評家たちの絵を見る目が

間違っていたということですか?

また、アンリルソーの絵は遠近感がおかしいことで知られていますが、現代でも遠近感が狂っていても評価されることはあるんでしょうか?

そう考えてみると、評価される絵って結局何なのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2020/2/1208:23:55

> 人によってこれ程までに評価が変わるのはなぜですか?

・ その人の好みもあるし、理解力が まちまちだからです。

>批評家たちの絵を見る目が 間違っていたということですか?

・ (上と同じです)

> アンリルソーの絵は遠近感がおかしいことで知られていますが、現代でも遠近感が狂っていても評価されることはあるんでしょうか?

・ あります。 絵は製図では無いので遠近法は絶対では無いです。

絵は立体のモノを無理やりカンバスなど平面の上に表現しようと言う行為ですから、遠近感がズレていた方が 作者が表現したい思いが込められるなら敢(あ)えてそうする事もあるし、それが許されます。

> そう考えてみると、評価される絵って結局何なのでしょうか?

・ 『 絵とは何か 』(P38から感覚の育て方が具体的に・・・ )坂崎 乙郎著 河出文庫 を お薦めします!(*´∀`*)

・ 直ぐ上のIDをクリックすると(豆知識など)ブログもあります。 規則で直接貼れないので悪しからず。

質問した人からのコメント

2020/2/17 09:56:45

質問に答えてくださった上に、オススメの本まで教えて下さったのでベストアンサーに選ばせていただきます。ありがとうございました!

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yosigamokamoさん

2020/2/1222:23:19

>アンリルソーは生前、批評家から絵を酷評された
という事実はありません

彼はプロの画家ではなく
官立のサロン・ドートンヌ等ではなく
アンデパンダン展、
つまり、出品料を払えば、
誰でも展示してもらえる展覧会に出品していました
となると、展示作品は大変な量になるわけで
そこでいちいち、特定の作品批判を書く人なんていません
玉石混交の世界ですから


東京国立近代美術館蔵
「第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神」
1906

>アンリルソーは生前、批評家から絵を酷評された
という事実はありません

彼はプロの画家ではなく...

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kap********さん

2020/2/1219:32:49

批評家には独創は必要なく、既存の概念のなかで意見を言っていればいいのです。
どの世界でも批評家は他人のアクションについてあとから意見を言う立場です。
そして、「専門家」としての穿った意見を求められます。
専門家とは一般的な人より詳しくものを知っています。
より詳しく知っているとは、今あるものについてであって、存在しないものには知りようがありません。
自分自身の存在価値を支えているのは既存のもの、現存のものに対して如何に深く沢山知っているかです。
ですから、批評家は保守的にならざるをえません。

が、作家は独創するものです。
既存の概念は関係ないのです。結果として、その枠に入ったりはみでたり出ていったりします。
枠にとらわれない人種ですから、他人の作品に対しても批評家とは受け入れ方が違います。

ピカソやルソーらの時代は特に産業革命後画家の役割が大きくかわり、既存の価値観を画家自ら壊し再構築を試みた時代です。こういう時代の批評家は
後出しジャンケンに負け続けるわけです。
批評そのものが後出しジャンケンですが、
ジャンケンの判定基準そのものがどんどん変わっていくのだから。

結論を簡単に言えば、「批評家達は間違っていました」
時代が批評家らには悪い時代だったともいえます。

ただルソーの絵の「遠近感」の指摘は間違っていません。
間違っていませんが、ルソーの絵のポテンシャルは「遠近感が狂っているからダメ」で済んでしまう様なしおらしい、おとなしいものでありません。
遠近感がただしくありさえすればそれで良い絵とするなら、現代は表現として「絵」は必要ありません。
数学的に正しい図か写真が有れば良いだけです。

産業革命後、正確であり、精密であり、正しい図法の絵は写真にとって変わられました。
「絵」として評価を集めるのは描きての表現性です。
そこに図法的な正確さがあっても良いし、なくても良いのです。

2020/2/1209:41:46

ボクは小学生でしゅが…

デジタル線画の神としゅて 絵画カテに君臨しゅる

“ボクは小学生”

東大 早稲田大 慶応大 のいじゅれかの大学を卒業しゅている

プロイラシュトレーターでしゅが…

ピカショは “子供が描く絵が本当の絵”と言うのは 持論なので 子供の描いたような絵しゅか 描けない ルショーを 驚異の目で見たのしゃ。

また ルショーが 批判しゃれながらも 創作意欲が全く 衰えないコトに も 尊敬の念を持ったのしゃ

どっちゅいかって言うと ピカショは こっちゅいに感じ入ったみたいよ。

世にもめ珍しゅい ピカショの自撮り写真 オマケ絵ええええ!

ボクは小学生でしゅが…

デジタル線画の神としゅて 絵画カテに君臨しゅる

“ボクは小学生” 

東大...

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qtr********さん

2020/2/1209:19:16

多分このかたは西洋人であるにもかかわらず、デッサンが下手だった可能性あり。

kl215895さん

2020/2/1208:21:46

絵画としての面白さ。新しさ、独自性と芸術性。

評論家は往々にして過去作品と照らし合わせて優れているかを判断するので、全く新しいものは評価されづらいのです。

評論なんて長いものに巻かれろ的なものです。大衆は評論家よりピカソの評価を信じるので、ピカソと違うこと言ったら評論家生命が断たれます。だから意見を変えたんです。
それくらい当時のピカソが偉大だったってことですね。

評価なんて水物です。

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