回答受付が終了しました

世界三聖人は釈迦、孔子、キリスト(または老子)ではなく、神武天皇、倭姫命、神功皇后とすべきではないですか?

宗教29閲覧

1人が共感しています

回答(3件)

0

まあキリストイエスは人でなくて神なのでそうかもしれません。 新約聖書を読んでみると、イエスキリストは神が人間として現れた。ということなんです。だからイエスキリストは沢山の奇跡を示しています。それも一言で。病を癒したり、死人を蘇生したり、海を歩いたり、天候を変えたり、パンや魚を増やしたり、復活して弟子と供に食事をしたり、まあ半端ではないです。色々な聖人と言われる人がいますが、全然勝負になりません。あんな短時間で、あれだけの奇跡を一言で成就させることができたのは、7日で世界を創造したと神話的な話の神様ぐらいではないでしょうか。というのが前提にある宗教なのです。だからこの教えにはなにかあるのではと、歴史的に沢山の人達が期待してきた。 内容的には、 キリスト教での神は万物の創造主のことをいいます。 万物の創造主以外は偶像と言っています。 基本的にキリスト教では仏教のように転生輪廻は説いていません。 人間界は御国に住む天使を生むところであり、他界した後は、その人の持つ 魂の質に伴う世界に永遠に住むと聞いています。遺伝悪というものが、原罪としてありますが、イエスキリストを信仰することで、徐々に悪から厭離していくと説いています。ですから、この世が最終的な人間の住む世界ではなく御国(霊界)が人間の最終的な住む世界と説いています。キリスト教は御国に行くための準備するための教えです。この世の幸不幸が過去の功罪が引き寄せているとは言わず、人間が創造主(キリストイエス)と共に生きないことを不幸と説いています。ですから、どんな試練、不幸にあっても人間の創造主であるキリストイエスと共に歩みなさいと言っている。イエスキリストは個人的な人生の同伴者であり、平安を伴う永遠の私達の創造主なのです。 本当は、教会の組織は必要ないかもしれません。組織化するからその組織を 維持するため、人間的な欲が絡んでくる。歴史的にも政治に利用され、本来の目的はどこえやら。基本は神話的ですがアダムが神のとの約束ををたがえることから、創造主との本来の関係を失ってしまったものを、イエスキリストによってどんな時でも神と共に人生を歩むという模範を示し、イエスキリストと歩むことで、本来の神との関係を回復させる。そういう教えなのです。実はイエスキリスト=神(創造主)なのであり、神自身が人間として生まれ、模範をしめし、今まで見えなかった神を視覚としてとらえられる形にして、イエスキリストの形として人間と関わることを可能にしたのです。キリスト教にも偶像はあります。イエスキリスト(万物の創造主)が唯一の偶像です。イエスキリスト自体が生命そのものという意味では。人間は生命を受ける器に過ぎない。 薦めの書籍は、88の聖書の言葉(中村芳子著)、真のキリスト教・結婚愛(アルカナ出版) 讃美歌はオンギジャンイ(第4集伝えよう世界に)です。 キリストを信仰するとは、イエスキリストをイメージすることです。この方がどんな方かを 新約聖書を読んだり聞いたりすることでイエスキリストをイメージするのです。恋人を思うように、イエスキリストを常にイメージすることで、天国の門より、愛が流れてきます。 わたしは門であるとはそういうことです。イメージすることで、イエスキリストと繋がり天界と繋がるのです。

0

いいえ その3人では世界三聖人には全然なれません。