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哲学をしたり哲学書を読んだりするのは案外感覚的な部分があるのではないかと思っ...

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ID非公開さん

2020/4/2920:31:55

哲学をしたり哲学書を読んだりするのは案外感覚的な部分があるのではないかと思ったのですがどうでしょうか?

経験に基づいた直感のようなもので、ものすごく素早く専門外の複雑なことを理解したり、神がかり的に急にいい所をついてきたりする、そんな哲学の学者さんを見てふと思いました。
長くやっていると勘が働くようになって哲学をやる事が楽になる、最初は苦しくてもいつかすぐにできるようになるのかもしれないと思いました。
自分は哲学初心者なので、本当にそうかわかりません。皆さんはどう思われますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

ATOZさん

2020/4/2920:48:40

「所詮」という言葉があります。これはもともと禅からきた言葉で、文字通り「結局は」という意味です。

対義語は「能詮」といいます。これは簡単に言うと、文字とか言葉です。能詮によって所詮が表されます。

だから哲学では色々難しい言葉をひねくったりしていますが、「所詮」はこういうことですよね、となるのが正しいやり方だと思います。

また哲学ってその性質上難しくて曖昧な言葉でしかやっていけないんですよ、というのは哲学が細かく詳しく具体的になっていくと物理とか数学のような専門分野になってしまうからです。考える幅が残してあるという感じですかね。

だから哲学はめんどくさい。哲学をする上で想定している範囲とか「見えている」範囲が人によって違うし、問題意識も人によって違う。何でそんなことに興味を持つんだろうという哲学者はいっぱいいます。冷静になって考えればみんな同意してくれると思うんですけど、哲学ってなんていい加減な学問なんだろうかと。

だから、「所詮」あんたが言いたいことはこういうことですよね、と感覚や経験を働かすのは正しいと思います。

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質問した人からのコメント

2020/5/4 11:06:34

皆さま大変参考になりました。ありがとうございます。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

neo********さん

2020/4/3000:01:41

経験値のような感覚に依る面は、どの学問にも考えられると思いますが、人文科学のような数値化できない分野では、まさに経験値の高さに起因するセンスに重きが置かれる場面が多いかもしれないですね。

個人的には、カイ二乗検定のような目にみえる数値での議論に傾倒しがちですが、、、。

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