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宮本武蔵はどうして晩年生き残れたのでしょうか? 普通はどんな剣豪でも若手の...

jjy********さん

2020/5/1320:23:11

宮本武蔵はどうして晩年生き残れたのでしょうか?

普通はどんな剣豪でも若手の剣士に倒される。

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ベストアンサーに選ばれた回答

zez********さん

2020/5/1320:32:57

そうなる前に「剣で誰かをぶっ殺してエラくなれる」時代が終わったからです。武蔵自身もそういう理由で自分が思い望んでいたような出世が出来ないまま人生を終えています。とはいえ、細川家からもらっていた「7人扶持18石に合力米300石」という待遇は単なる武芸者に対するものとしては十分に「破格」の厚遇と言っていいものなのですが。

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/9件中

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2020/5/1405:56:53

そんなこたあない。
若い頃に充分に名をあげれば、歳をとってからいちいち若い奴の挑戦に応じる必要なんかない。

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ant********さん

2020/5/1400:27:03

年取ってから若手に殺された剣豪って具体的に誰や?

塚原卜伝
上泉伊勢守信綱
富田勢源
柳生石舟斎
林崎甚助
伊東一刀斎
鐘捲自斎
小野次郎右衛門忠明

パッと思いつく限りの
戦国~江戸時代初期の剣豪を挙げてみたけど
現代人と比べても
長生きしてる人が多いし、
それなりに早くても
60前後とかで、別に戦死ではなく
病死の人がほとんどと思うんだけど。

tng********さん

2020/5/1322:35:45

武蔵は「どんな手を使ってでも勝ち残る」という考えだからです。

xdf********さん

2020/5/1322:28:59

佐々木小次郎以後果し合いはしなかったようです。
佐々木小次郎を倒して一目散に逃げたそうです、小次郎は地侍集団の長で、藩主が疎ましく思って試合をおぜん立てして殺害をした、これが巌流島の試合の実話と聞いています。武蔵は国境まで鉄砲を持った侍に護衛してもらったそうです。
島原の合戦にも参加しましたが、まきびしを踏んで戦果を何も上げられなかったそうです。
争いを避け、就職活動に励んでようやく晩年になって就職できました。
剣術の腕前は、大久保彦左衛門の手記が有り、柳生但馬守などとても敵わないほどの達人で、巻いた鉢巻を額を傷つけずに切ったそうです。

tlk********さん

2020/5/1321:14:43

勝てる勝負しかしなかったからですよ!

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