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「麒麟がくる」なぜ柴田勝家は織田信勝の支持から織田信長に乗り換えたのですか?

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ID非公開さん

2020/5/1721:57:58

「麒麟がくる」なぜ柴田勝家は織田信勝の支持から織田信長に乗り換えたのですか?

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tes********さん

2020/5/2620:44:59

信長の才能に気がついたからです。

raz********さん

2020/5/2004:23:12

太田牛一の信長公記には

勘十郎殿御若衆に津々木蔵人とてこれあり。御家中の覚えの侍どもは皆、津々木に付けられ候。勝ちに乗って奢り、柴田権六を蔑如に持ち扱ひ候。
柴田、無念に存じ、上総介殿へ「又、御謀叛おぼしめし立つる」の由申し上げられ候。
是れより信長、作病を御構へにて、一切面へ御出でなし。


とあり、信勝の若衆の津々木蔵人が信勝から優遇され能力のある侍は津々木につけられ奢るようになり津々木が勝家を見下すようになったため、柴田勝家が無念と思い信長へ信勝の謀叛の動きを伝えたとあります。

nar********さん

2020/5/1907:32:44

あれは、大河ドラマの作者がそう描いただけで
しょう。実際、柴田勝家が垂れ込んだと言う
記録はありません。勝家って、垂れ込むような
人物とは思えません。前田利家が信長の激怒を
買ったとき、仲裁に入ったりした人情家です。
勝家は本能寺の変のとき、信長が殺されたと
言う情報をしばらく入手できなかった。情報
には疎い人物です。武勇一点張りの実直な人柄
です。垂れ込む、主人(信勝)を裏切ると言う
行為は勝家にはとれないでしょう。

信勝が美濃の高政と通じていたと言うのなら、
それは信長独自の情報網で捉えていたと思う。
スパイを信勝の元に潜り込ませていたはず
です。信長は自分の身辺にも、敵のスパイ
は居るはずだ、と常に考えていた行動を何度
も知ることができます。戦いの前の軍議は
いつも真剣にやらない。桶狭間の戦いの前夜、
軍議はあったのですが、早々に終了し、解散
しました。でも、そのとき、信長はすでに
決断していて、桶狭間に今川義元が居ると
言う情報を受けるや、小人数で館を飛び
出しました。それを知った家来が、途中
で、つぎつぎに参加して、2千名程が
桶狭間に突入した。軍議を開くとスパイ
によって敵に漏れることを用心したので
しょう。
信長はあらゆるところに、スパイを潜入
させていたと思う。だから、柴田勝家が
信長のもとに垂れ込んだ結果、信長は
弟を殺す決断をしたとか、帰蝶が殺害を
示唆したなどは、ドラマの作者のフィク
ションでしょう。あまり上等なフィクシ
ョンじゃない。

my_********さん

2020/5/1809:28:25

史実では無く、麒麟がくるですよね?
信勝が美濃や今川と手を組んでいるので、信勝が織田当主になった場合にその2家に領地を切り取られ、戦になるからだそうです。
ですが、先に美濃と手を組んだのは信秀や信長であり、予想される懸念は変わらないので、やはりチグハグです。

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jun********さん

2020/5/1801:55:42

物語では、信長と勝家の会話の中で触れただけですが、
信長と信勝は、前年に清州城郊外の稲生というところで、
激しい合戦を行っています。
兵力的には、信勝軍が信長軍の2倍以上の兵力を集め有利でしたが、
結果は陣頭指揮を執った信長の用兵術の巧みさと、
信長子飼いの馬廻り衆の奮戦で、信長が勝利しました。

この戦いで、信長の評価は一変し、もはや誰も「うつけ者」などと、
呼ばなくなったわけです。
そして、柴田勝家もまた、信長の実力を認め、
信長こそ、尾張の旗頭に相応しいと考えたのでしょう。
しかし、自分の仕える信勝は、未だに信長に対する対抗心を捨てられず、
再度反抗を企んでいるから、これに失望し、
直接信長に仕える道を選んだ、という事だと考えられます。

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