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第2テモテへの手紙 3:16 聖書はすべて、神の霊感によるもので、 教えと戒めと矯...

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ID非公開さん

2020/5/2122:45:18

第2テモテへの手紙 3:16
聖書はすべて、神の霊感によるもので、
教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。

これは約100年頃に書かれました。

ここで言っている聖書とは
自分(たち)が書いているものも聖書である
という意味でこの文章を書いたのでしょうか。
それとも、何が新約聖書かが決まったのは397年ですから
ここで言っている聖書とは
旧約聖書(まだ旧約聖書という名称は無かった)のことでしょうか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

did********さん

2020/5/2123:26:55

その個所に限らず、
新約聖書の中で言われている「聖書」とは、
現在「旧約聖書」と呼ばれているもののことです。
もっとも、
その当時はまだ旧約聖書は一冊の本ではなく、
幾つかの巻物の状態でしたが。
従って、「聖書はすべて」とは「旧約聖書全巻は」
という意味になります。

しかし、
ここで「聖書」と訳されているグラフェーという単語は
「聖句」という意味にも取れます。
また、
「聖書はすべて、神の霊感によるもので」という翻訳は、
セオプニューストス(「神の息吹による」の意)という単語が
次のオーフェリモス(「~に有益である」の意)という単語に
直接続かない写本に基いており、そうでない写本に基づけば、
「神の霊感によるあらゆる書物は~に有益である」と訳せます。
従って、
この聖句は必ずしも旧約聖書全巻の聖性を主張したものである
とは言えないということになります。
そもそも、この時代にその点については議論の余地はなく、
聖書が神の霊感によって書かれたことは誰も疑わなかったのです。
(むしろキリスト教文書が書かれ始めてから問題になった)

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質問した人からのコメント

2020/5/25 21:23:07

皆さん有難うございました。

ベストアンサー以外の回答

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Apolloさん

2020/5/2208:45:53

此処で指す「聖書」とは「タナハ(旧約聖書)」を指した言葉です。
しかし、「新約聖書」が成立した時点で、同列の扱いなのは容易に解る事です。

バビロン捕囚の時から、「ユダヤ教の危機」として、シナゴーグにて信仰を維持して、無くならない様に「タルムード」に関しての話し合いが進んでました。
帰還事後湯の後も続き、2世紀に入って完成したと聞きます。
その時に、「聖書」としての構成する書巻と、除外する書巻が選別された様です。

タナハは「律法」「諸書」「預言書」から構成され、頭文字を取って名付けられました。結果、此のタナハが「Bible(聖書)」と言われるものとなりました。
キリストの贖いの契約が「新約」に対して、タナハを「旧約」と区分され、キリスト教での区分です。

2020/5/2201:11:12

書いた時点の意味が旧約聖書のみですね。でもだからと言って、新約聖書がそうでもないとは限りません。

2020/5/2200:41:30

それは旧約聖書のことですが、それを信じるためには「テモテへの手紙第二」という”新約聖書”の一書簡を信じていることが前提(条件)になっています。

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