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アンセルムスの神の存在証明についてわかりやすく教えてください。

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ID非公開さん

2020/6/2521:55:48

アンセルムスの神の存在証明についてわかりやすく教えてください。

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o_r********さん

2020/6/2802:32:36

アンセルムスの「神」というのは、「それより大なるものが考えられ得ないもの」という定義です。この場合の「大」というのはスケールが大きいという意味だけではなく、偉大であるという意味も含まれます。
でも一般には、スケールが大きいという意味の「大」で説明されます。
我々が、頭の中で考えられる限りにおいて最大なるものをイメージしろと言われたら、だいたい宇宙空間をイメージすると思います。映像なしに幾何学的に思い描くことは極めて困難です。何か比喩になるものが必要になるでしょう。

アンセルムスの「神の存在証明」における「神」とは、要するに、この世で考えられる限りにおいて最大なるものというわけです。
普通は、宇宙よりも大きいものは考えられないと思いますが、アンセルムスの場合は「神=宇宙」ではないのです。それはスピノザという人の汎神論であり、アンセルムスは汎神論者ではなく有神論者です。
なにせアンセルムスという人は中世のカトリック教会の聖職者であり神学者ですから、生れた時から頭の中に最大なるものとして「神」という観念があって、それは我々にとっての宇宙よりも大きなものだったのです。
しかもそこには「偉大」という人格的価値が伴っています。そこが我々との根本的な違いであり、我々現代日本人にとってアンセルムスの「神の存在証明」がわかりづらい理由です。
そういうことで、アンセルムスの神の存在証明は、中世の西洋人の間でしか通用しないものだったといちおうは言えます。

以下、本多峰子先生の解説を引用しておきます。

<アンセルムスはまず、神を「それ以上偉大なものが想像できないところの存在」と定義する。そして、次のように神の存在証明論を立てている。
1)「それ以上偉大なものが想像できないところの存在」は概念的理解の中には存在する。
2)もし、「それ以上偉大なものが想像できないところの存在」が、概念的理解の中にしか存在しなければ、それが実際に存在した場合のほうが、偉大であることになる。ゆえに、理解の中にしか存在しない「それ以上偉大なものが想像できないところの存在」は、ありえない。
3)それゆえ、神=「それ以上偉大なものが想像できないところの存在」は、概念的理解の中と、実際との両方に存在する。―—これは、《存在すること》が偉大さのひとつの要素であるという、西洋哲学の根本的前提に立つ論理である。
アンセルムスに対する反論で、最もよく知られているのは、彼と同時代の僧侶ガウニロの、いわゆる「完全な島」議論であろう。ガウニロは、現実に存在するいかなるものよりも偉大なものを思い描くことは可能であると論じ、それだからと言って、それが実際に存在することにはならないと論じる。そして、その例として、現実にはないが、心の中で想定されうる、ひとつの完全な島を思い浮かべる。>
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