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武藤・小島らの全日本移籍は引き抜きだったんですか?

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ID非公開さん

2020/7/217:53:16

武藤・小島らの全日本移籍は引き抜きだったんですか?

当時の武藤なんて、どう考えても全日本のカラーとは真逆のレスラーでしたよね。

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hev********さん

2020/7/222:30:21

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2020/7/302:47:33

引き抜きというか、社長職を譲る話はあったようです。
当時の全日は、選手の大量離脱があったので、全日自体がカラーを失っていた感があると思います。
川田と渕2人で全日として、頑張っていましたが。
この2人は落ち着いていた渋さがあったので、華やかな武藤、小島らが来ると言う意味では、カラーは違うとは思います。

武藤は、社長職を元子さんから譲られるという話で、全日に行っていた(2002年)と思います。
そういう移籍の話は出来ていて、武藤についていく選手だけではなく、フロント陣も連れて新日から全日へ。
総合に寄りがちな空気のあった新日ではなく、プロレスが出来る環境、として選んだのが全日だったらしいです。

社長就任の話は、武藤ら移籍後もなかなか進まず(株が譲られなかった、三沢の時と同じで実権がない)、全日に行ってから、武藤も大変だったらしいです。
たしか、レフェリーの和田京平さんたちが元子さんをとりなして、株が無償で譲られ、正式に武藤社長の誕生になったのではないかと思います。
京平さんは、馬場夫妻に人生を捧げている人でした。

その京平さんは、2011年に平井が控室で暴行を受けて意識を失った事件の際(平井は大丈夫なのだろうか)、武藤に社長として会見の話をしたら、首を切られた。
武藤も辞任。
京平さんの件は武藤も認めている。
武藤に事態の重さが、本当にわかっているかは不明ですが。
京平さんも全日を支えてきた人だったんですけどね。
これはさびしかった。

結果として、武藤の新しい団体のようになり、三沢がいたころのような全日色が戻るということは、当然、なかった。
全日は新団体になっていた感があります。
対抗戦で元新日の橋本、健介らとの接触もあった。
川田は橋本との関係の流れでハッスルにまで参戦。
わずかに残っていた全日色が、吹っ飛んだ感じでした。
良く言えば、オープンになったというか。

渕、川田だけの時は、さびしいけど、全日だという感はありましたが。
とりあえず2選手だけでは厳しいので、団体名が残った点はよし、と考えています。
武藤の後もごたごたはあり、全日に秋山らが帰ってきたものの、結局、馬場さんがいなくなってから、あのころの全日色は戻ってきていないと感じています。
今後は、昔と違っても、盛り上がることを期待したいと思います。

2000年頃、天龍が、苦境だった全日リングに上がっていました。
WARが消滅したばかりでしたが、天龍が社長をやっていたら、昔の全日らしさは戻ったのかな、と時々、考えてしまいます。

外道は、全日に上がりたいと思った時、元子さんから、
「天龍さんがOKならいい」
と言われ、天龍のWARを抜けていたため、全日マットを断念しています。
天龍の機嫌を損なうのを恐れた、元子さんの発言と感じます。
天龍はWAR代表を経て、SWS時代の反省はもちろん、全日時代の馬場さんの苦労がわかったと言っていました。

天龍トップの全日時代も見たかった気はします。
レスラーが社長職をまじめにやると、現役生活に影響が出てしまうから、そこは信頼できるフロントがいればいいのですが。
経営をいいかげんにやると、平井の事件のようなことが起きてしまうし。

ysy********さん

2020/7/222:16:57

引き抜きではないと思いますよ。
武藤、小島移籍の前と数年後に新日と全日は交流してますからね。

プロレスは対抗戦が盛上がるのは明白だからマンネリ防止も含めての戦略的な移籍で間違いないと思います!

2020/7/220:12:17

武藤が、当時の新日本に違和感があり、
全日本に参戦していた際に馬場元子さんと仲良くなり
「よかったら、うちに来ない」と誘われてので

引き抜きでしたね

ID非公開さん

2020/7/218:50:07

格闘技路線が嫌だったんやろな。
武藤敬司は。
小島たちは武藤敬司に付いてった。

pro********さん

2020/7/218:14:15

三沢達の大量離脱により危機的状況に陥った全日本は新日本プロレスに救いの手を求め スポット参戦という形で多数のレスラーが参戦しました。
武藤もその中の1人でした。
当時新日本では猪木の強権発動により格闘技路線が推し進められており武藤にとって居心地の悪い環境でした。
そんな中での全日本参戦で武藤の気持ちは全日本移籍へと傾き馬場元子から社長の座を譲るので是非来て欲しいと口説かれ移籍する事となりました。
行動を共にした小島やカシンも同様で純プロレスを望んでの移籍でした。

武藤が全日本と真逆のカラーだったとは何の事を指しているのかは全然分かりませんが 全日本で浮いている感じは全くしませんでした。

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