ここから本文です

どんなに生活が充実していたとしても、結婚相手との関係が悪ければ幸せにはなれな...

svu********さん

2020/7/801:30:37

どんなに生活が充実していたとしても、結婚相手との関係が悪ければ幸せにはなれないですか?産んだ3人の子供は立派になり、誕生日は孫を含む子供の家族に祝ってもらい、友達も多かったとしても、

結婚相手との関係が悪かっただけで幸せになれないですか?元電気通信大学教授で哲学者の中島義道氏は福岡県門司市(現在の北九州市)で生まれました。何回も引っ越しを繰り返し、神奈川県川崎市で育ちました。神奈川県相模原市の家に引っ越したのを経て、神奈川県鎌倉市に移ります。中島義道氏の母は差別をする家に生まれました。1番かわいいわけではないという理由で、若いときに家を追い出されて中島義道氏の父のところに嫁に行きます。中島義道氏の母は義理の伯母(中島義道氏の父の母の姉)にいじめられます。「子供を産め」と言われ、産むと「男でない」という理由でいじめられたそうです。中島義道氏の父は中島義道氏の母を庇わなかったそうです。中島義道氏の母は実家に戻ることもできなかったそうです。行き場を失った中島義道氏の母は生まれたばかりの中島義道氏の姉と一緒に関門海峡に身を投げようと何回も思ったそうです。中島義道氏が生まれると、中島義道氏の父の家に取られてしまったそうです。というわけで、中島義道氏は「おばあちゃん子」だったそうです。中島義道氏の兄弟は中島義道氏の母が中島義道氏の父に「いじめられていたのを庇ってくれなかった」というのを聞きながら育ったそうです。中島義道氏の恨みは貯まり、「孤独について」という本で告発されてしまいます。中島義道氏の母は差別されて育ちますが、子供にも差別をしたそうです。長女である中島義道氏の姉は中島義道氏の父と似ているという理由で嫌います。暴力を振るっていたそうです。中島義道氏と中島義道氏の妹は中島義道氏の母に似ているということでかわいがっていたそうです。家に人が来ると中島義道氏の姉には「来るな」と言い、中島義道氏の妹は人に会わせていたそうです。中島義道氏の姉は容貌への自信をなくしたため、結婚をせずに独身を貫いたそうです。ずっと実家暮らしをしていたそうです。学習院大学の英文科を卒業し、外資系企業の社長秘書になったそうです。カトリックの洗礼を受け、カトリック関係の翻訳の仕事もしていたそうです。中島義道氏はいろいろありましたが、最終的には国立大学の教授になります。中島義道氏の妹は学習院大学を卒業後、大企業に勤める男と結婚して2人の子供を作ったそうです。正月と誕生日には子供の家族が来て、「おかあさん」と「おばあちゃん」という声に包まれたそうです。習い事を習い、友達が多くいたそうです。でも、中島義道氏の母は幸せではなかったそうです。旦那である中島義道氏の父との関係が悪かったからだそうです。浮気などがあったのならともかく、いじめを庇わなかったくらいで恨むのはどうかと思いますね。仮に関係が悪かったとしても、3人の子供が全員立派になり、孫にも恵まれ、友達も多かったのなら幸せな人生だと思うのですが。中島義道氏の母によれば、3人の孫は全員顔が良いそうです。中島義道氏の母は晩年に大腸ガンになり、入院中も中島義道氏の父を恨み続けていたそうです。そして、そのまま亡くなったそうです。

閲覧数:
27
回答数:
1

違反報告

回答

1〜1件/1件中

tor********さん

2020/7/1014:29:37

面倒で 途中読んでいませんが、何をもって幸せと思うか次第では?

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる