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日本三景の松島の名前の由来で、聖徳太子が達磨大師が我が国に来るのを信じ松島に...

omm********さん

2020/7/1209:53:28

日本三景の松島の名前の由来で、聖徳太子が達磨大師が我が国に来るのを信じ松島に来て待ったことから「待つ島」→「松島」。と、その逆の達磨大師が松島に来て聖徳太子の成長を待った説があります。
どちらが正しいの

でしょうか。
諸説あることは分かっているのですが、待つ人が逆なのがどうも気になります。
松島扇谷達磨堂などの正しい文献が見れると助かるのですが。

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1〜1件/1件中

編集あり2020/7/1502:09:35

中央に聖徳太子、左に緋衣の達磨像を、右に鵬雲像を安置したと記されている。

・・・達磨堂の配置では、達磨大師が待ったという配置ですがね。

まぁ、調べてみましょう。

どちらも実在の人物なので
時系列で並べて見ますと、
※聖徳太子が制定した十七条憲法は(604)年に
※達磨大師は527年に中国広州に到着したといわれる
とあり、
三世代以上
大師のほうが上の世代だと解ります。

また、
実際に我が国に渡来したのは達磨大師の禅宗の弟子だったこともあり、

空想上の説話としても、矢張り、

聖徳太子が達磨大師を待つことは、不自然ですね。

大師が後世の太子を待ったことに違いありません。

  • 質問者

    omm********さん

    2020/7/1503:50:41

    ありがとうございます!
    そうなんです、聖徳太子が産まれてくるのを30年待ったという話しも聞きまして、空想上の逸話でもいいのですがどちらか分かると嬉しいです。

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