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2020/8/6 23:59

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南樺太のロシア語の地名を見て思ったことがあります。

南樺太のロシア語の地名を見て思ったことがあります。 南樺太は1855年から1875年までは日露雑居の地、1875年から1905年までロシア帝国領、1905年から1945年まで日本領、1945年以降はソ連→ロシア連邦が実効支配という歴史をたどっていました。 戦後、日本語の地名が廃止され、ロシア語の地名に変えられましたが、何故多くの場所ではロシア帝国時代の地名を復活させず、新しくロシア語の地名をつけたのでしょうか? 例として、 ユジノサハリンスク(1875年以前はウラジミロフカ) アニワ(1875年以前はリュートガ) などがあります。

ロシア語 | 歴史38閲覧

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革命後のロシア(旧ソ連)の人達にとってロシア帝国時代の旧名は不快感が伴うので、あまりつかいたがらないのです。 とはいってもサンクトペテルブルグみたいに帝政時代(ピョートル大帝時代)の名前を復活させている例もあります。しかもサンクトペテルブルグはドイツ語なんです。多分ロシア人にとってピョートル大帝は偉人で、良き人物の印象がとても強いので、なにかしら親しみがあるからなんでしょうね。サンクトペテルブルグって、1991年以前はレニングラードと呼ばれていました。さらに以前はペトログラードとも呼ばれていました。