漢訳阿含経のほうがパーリ語経典より古いのですか?

漢訳阿含経のほうがパーリ語経典より古いのですか?

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知恵袋にはしあわせなパーリ語至上主義者がいますけど漢訳のほうが古い場合が多いというのは決定的のようです。 渡辺照宏『お経の話』岩波新書1967よりコピー。 p.20 そのうえ同じ小乗経典のうちでも、漢訳の”阿含”とパーリ文”二カーヤ”との同文を比較してみると、前者の方が明らかに古い形を伝えていることが多い。 p.111 ネハン経の異本 だいたいにおいて六本(追記:漢訳4種、梵語、パーリ語)は共通した内容を持つが、こまかい点では差異もある。漢訳の第一訳と第二訳とは共通する点が多く、おそらくこの両者が『ネハン経』の古い形態を存しているものであろう。それから約一世紀遅れて訳された第三訳と第四訳も相互に近似点が多い。パーリ文はだいたいにおいて第三訳にもっとも近く、そのうえ漢訳のどの本にも見られない新しい付加部分をふくんでいるので、もっとも新しい成立と考えられる。 p.112 その他パーリ文聖典には排列の順序や場所を誤った記述もあり、到底第二次的資料と見なすことはできない。近ごろ(追記:『お経の話』初版は1967)では日本人の学者の一部よりもヨーロッパの学者の方がかえって漢訳聖典の本源性を認めている。 クシナガラに赴く途中で仏陀は痛みを感じて水を求めた。侍者アーナンダが水を汲みに行くと、五百の車両が河を渡った直後で水が濁っているので、顔と手を洗い、飲み水はつぎの河につくまで待つことにした。 古い漢訳二本によると、以上のとおりであるが、第三訳によると雪山(ヒマーラヤ)から鬼神たちが飲料水を運んできたというし、第四訳では、仏陀の”神力”によってたちまち河の水が澄んだという。また、パーリ文では、河の水が澄んだうえ、この奇跡をみてアーナンダが感嘆する一節が付加されている。 この例ではテキストの変化成長のあとが歴然としている。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答ありがとうございます!

お礼日時:8/10 16:09

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原典が必ずしも付加されていくプロセスだけとは限らない。 部派仏教の時代にはもう分かれていたのだから、一部の部派が任意の(近隣の)複数部派の資料から意図的に共通部分だけを切り出して正典として採用した可能性もあります。 文字化されると、現代と同様にこのような作業は意図的に容易にできます。 特に、漢訳の場合は確実に口頭伝承の系譜を経ていないので、全て漢訳当時の文字化された他の言語の資料をベースに原典の整理が行われたことは明らかです。 最小の文節の組み合わせが必ずしも原資料(より古い資料)を意味していると言えるわけではないです。 しかし、指摘されているようにパーリの大般涅槃経は既に般涅槃しているはずのサーリプッタ長老が出てくるので、付加された部分もあることは確かです。