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何故ブッダという人には来世があるということが分かるのですか? 輪廻転生なんてなくてみんなずっとあの世で暮らすかもしれないですよね?

何故ブッダという人には来世があるということが分かるのですか? 輪廻転生なんてなくてみんなずっとあの世で暮らすかもしれないですよね?

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回答(12件)

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解脱する時前世を見たとされてる。 ほぼ全ての仏典でそう書かれてる。 輪廻がブッダの解脱内容の一部を構成するコトを疑うのは難しい。

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輪廻転生はブッタの思想ではない。 そもそも、仏教は無我=アン・アートマンの思想であり、輪廻転生する実体として魂=アートマンを否定していますから、転生する我=魂=アートマンがないのです。 ブッタの思想では人間の意識は愛ー執着から生まれ出る現象ー妄想です。 現代の脳科学が考えるクオリテアに近いもので、実体としての魂の存在を認めないのです。 ブッタはバラモン教の輪廻思想を妄想であると否定して登場した人でしょう。 最初期の経典であるスッタニパータの最古層には輪廻の思想は出てきません。 今日の仏教研究者は輪廻転生は後代に仏教が大衆化する過程で再混入してしまったのだろうと考えています。 ブッタは死後の世界について沈黙しています。 知りえないものを知ろうすれば、そこに妄想が生まれ、その妄想に執着するのは有害であると説きました。 十難無記ト言います。 1、世有常・・・この世は永遠か 2、世無有常・・・この世は永遠でないか 3、世有底・・・この世は有限か 4、世無底・・・この世は無限か 5、命即是身・・・魂と身体は同じか 6、命異身異・・・魂と身体は別物か 7、如来終・・・如来は死後存在しないか 8、如来不終・・・如来は死後存在するか 9、如来終不終・・・如来は死後存在し、かつ存在しないのか 10、如来亦非終非不終・・・如来は死後存在せず、かつしないでもないか。 「十難無記」の中で1、2、3、4、に関しては、1エマニエル・カントが『純粋理性批判』に於いて、1、と2、または3、と4、とが、ともに成立する事を論理的に証明して、カントはこれを「アンチノミー(二律背反)」と呼んでいます。 真実の理法(ダルマ)は、全ての形而上学的論議から離れていることを意味します。 一般的に仏教では、「死後の世界があり、極楽浄土と地獄がある」と教えていますが、それは釈迦の教えと異なる方便であり、極楽浄土は、涅槃の世界を象徴化したものです。

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そもそも仏教は、お釈迦様が悟りを開かれ、完全な悟りを開いた聖者に備わる『六神通』という能力をもって、全ての生命が輪廻している様子を観察された事から始まります。 輪廻からの解脱を説くのが『仏教』です。 輪廻を否定すると仏教は成り立ちません。永遠の死後の世界を信じるなら、キリスト教やイスラム教を学ぶしかありません。

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仏陀は、あの人はあそこに生まれ変わり、この人はここに生まれ変わった、ということを具体的に言ったらしい。 俗にいうところの、死んだとに、死体から死んだ人が抜けていくのが見える能力のことを天眼通といい、仏陀はそれを持っていた。仏には六神通があると言われている。 俗にいう、と断ったのは仏陀は生まれ変わる主体としてのたましいというようなものを認めていなかったからです。ただそれはご質問の内容とはかけ離れてしまうので、別にお調べになるかご質問になってください。 死んだときに、そこから「出て行く」のが見える人は今でもいます。それ自体は、普通の人は持っていないけれど、仏陀だけが持っている特殊能力というわけではありません。

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