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沖縄や北海道の侵略を正当化するためにアイヌや琉球を縄文人の一種で海外由来では無いとか言ってみたり、

沖縄や北海道の侵略を正当化するためにアイヌや琉球を縄文人の一種で海外由来では無いとか言ってみたり、 日韓は別祖先であると主張したいために日本と韓国は遺伝的繋がりが無いと言ってみたり、ネトウヨは精神病ですか?

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回答(11件)

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NHKでも再放送を含めて、繰り返し繰り返し放送しています。 かえって、知らない日本人の方が珍しい。 ↓NHKサイエンスZERO「日本人のルーツ発見!」 https://v.youku.com/v_show/id_XMTUyNDI4MDI3Mg==.html?f=27290015&debug=flv ↑「日本人(大和民族)」は、「中国人、韓国人」と異なり、普通の東ユーラシア人とは異なった「縄文人」との混血です。そのため、「DNA」が若干異なります。 ↓国立遺伝学研究所(2016年9月1日) https://www.nig.ac.jp/nig/ja/2016/09/research-highlights_ja/20160901.html ↓「総合研究大学院大学のプレスリリース(2016年9月1日)」 https://news.mynavi.jp/article/20160901-a074/

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科学的に、現在わかっている範囲において、極めて正確に回答しています。 沖縄人(沖縄人の片方の祖先である縄文人)は、本州の縄文人と同じ系統であるが、アイヌ(アイヌの祖先であるアイヌ系縄文人)は、本州の縄文人とは(近い人類集団ではあるが)別系統である。 アイヌ民族は、おそらく本州方面にも、一時的に入ってきたものと考えられますが、その後、北海道方面へ引き上げていったと考えられます。 Y染色体ハプログループを見れば、縄文人とアイヌ民族とは、明確に別人類集団であることがわかります。 「本土日本」の先住民は「縄文人」です。アイヌ民族は、日本人の祖先の一つである縄文人に極めて近い集団ですが、若干違いがあります。縄文人とアイヌ民族は、同じ系統ではあるが、古代に分かれた「別集団」と思われます。 同じ縄文系ではあるが、「大和、沖縄」と、「アイヌ」とは別集団であることは確かです。 ↓アイヌ人の遺伝子調査 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C#.E9.81.BA.E4.BC.9D.E5.AD.90.E8.AA.BF.E6.9F.BB ※注意:最近、D1bからD1a2へ系統整理に伴う名称変更がありました、ここでは旧名で説明します。 【Y染色体ハプロタイプ「D1b」詳細で見ると以下の通り】 ------------------------------ D1b*←アイヌ民族(80%)★ D1b1* ←本土日本人のみ(17%) D1b1a*←アイヌ民族(5~6%)★、本土日本人(6%) D1b1a1*←本土日本人のみ(僅か) D1b1a1a←本土日本人のみ(僅か) D1b1a2*←本土日本人のみ(12%) D1b1a2a←本土日本人のみ(僅か) D1b1a2b*←本土日本人のみ(僅か) : (省略) : D1b2a2←本土日本人のみ(僅か) ------------------------------ 「*」は、「D1b1~」「D1b2~」を除く、「D1b」系統の「他の別の系統」を示します。 D1b ---------D1b*←アイヌ人 ---------D1b1---D1b1a----D1b1a1←本土日本人、沖縄人 ---------D1b2---D1b2a----D1b2a1←本土日本人、沖縄人 ↓調査が進み、将来的には以下となる可能性もある。 D1b ---------D1b3---D1b3a----D1b3a1←アイヌ人 ---------D1b4---D1b4a----D1b4a1←アイヌ人 ---------D1b1---D1b1a----D1b1a1←本土日本人、沖縄人 ---------D1b2---D1b2a----D1b2a1←本土日本人、沖縄人 ↑これで「*」の意味が分かったでしょう。 ------------------------------------------------------------------- アイヌ人は、私たち「大和民族(ヤマト人)」の元となった「縄文人」に極めて近い系統の集団となりますが、おそらく中国大陸の何処かで「縄文人」と別れ、別行動をとり、樺太経由で日本列島に渡来したものと推定される民族集団です。 「アイヌ民族」が最初から「北海道」に住んでいたかどうかは、擦文時代の人骨(もしくは歯)によって核ゲノム(DNA)の調査を行わないと「わからない」ということになります。 ↓それは まず、北海道では、アイヌ文化の前に擦文時代があった。 そして、縄文人といえばつきものなのが「縄文土器」であるが、アイヌ文化は「鉄器」であって、伝統文化の中に土器が全く見られない。 擦文時代(さつもんじだい)は、北海道の歴史のうち、7世紀ごろから13世紀(飛鳥時代から鎌倉時代後半)にかけて、擦文文化が栄えた時期を範囲とする時代区分。本州の土師器の影響を受けた擦文式土器を特徴とする(青苗文化も参照)。後に土器は衰退し、煮炊きにも鉄器を用いるアイヌ文化にとってかわられた。 擦文文化からアイヌ文化への移行についてははっきりしたことがわかっていない。 擦文式土器=「土師器」に近い(本州の「埴輪」も土師器) ↓コロポックル(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%AB ↓アイヌ人の小人伝説は北海道や南千島、樺太に広く流布しており、地域によって差もあるが、大体次のようなものである。 ---------------------------------------------- アイヌがこの土地に住み始める前から、この土地にはコロボックルという種族が住んでいた。彼らは背丈が低く、動きがすばやく、漁に巧みであった。又屋根をフキの葉で葺いた竪穴にすんでいた。 彼らはアイヌに友好的で、鹿や魚などの獲物をアイヌの人々に贈ったりアイヌの人々と物品の交換をしたりしていたが、姿を見せることを極端に嫌っており、それらのやりとりは夜に窓などからこっそり差し入れるという形態であった。 そんなある日、あるアイヌの若者がコロボックルの姿を見ようと贈り物を差し入れる時を待ち伏せ、その手をつかんで屋内に引き入れてみたところ、美しい婦人のなりをしておりその手の甲には刺青があったという(なおアイヌの夫人のする刺青はこれにならったものであるといわれている)。 コロボックルは青年の無礼に激怒し、一族を挙げて北の海の彼方へと去ってしまった。以降、アイヌの人々はコロボックルの姿を見ることはなくなったという。現在でも土地のあちこちに残る竪穴や地面を掘ると出てくる石器や土器は、彼らがかつてこの土地にいた名残である。 ---------------------------------------------- アイヌ人は、北海道に最初から居たということはわかってはいない。アイヌ人が来る前に、北海道には他の先住民が居た可能性があり、それは私たち「大和民族」と関係があったかもしれない。 「アイヌ民族」が最初から「北海道」に住んでいたかどうかは、擦文時代の人骨(もしくは歯)によって核ゲノム(DNA)の調査を行わないと「わからない」ということになります。←まだ、その調査はおこなわれていません。 もう一つ、注意が必要なのは、「アイヌ人」は、「ヤマト人、オキナワ人」には入っていない、別の、第三の系統の人類集団の「DNA」が入っています。 ↓東京大学プレスリリース(報道機関への発表) http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_241101_j.html ↑アイヌ人はさらに別の第三の系統(ニブヒなどのオホーツク沿岸居住民)との遺伝子交流があり、本土人との混血と第三の系統との混血が共存するために個体間の多様性がきわめて大きいこともわかった(総合研究大学院大学のプレスリリースより)。 今のところ、約3500年前の「北海道礼文島」は、大和民族系の縄文人(つまり大和民族の先祖)と判明。 -------------------------------------- 北海道礼文島の船泊遺跡の縄文人の「Y染色体ハプログループ」を調査した結果、大和民族の元となった直系の先祖「縄文人」であって、アイヌ系ではないことが判明しています。 北海道礼文島の船泊遺跡の縄文人の「Y染色体ハプログループ」を調査した結果、「D1a2b1(D-CTS220)」であることが判明しました。 この「Y染色体ハプログループ」は「縄文人」の「マーカ」であって(つまり大和民族の直系の祖先)、「アイヌ系縄文人」の「Y染色体ハプログループ」ではありません。 あまりいい結果ではありませんね。これは、今から「約3,800~3,500年前」の北海道礼文島には、本州と同じ「縄文人」は居たが、アイヌ人は居なかったということを示唆しています。 北海道礼文島の船泊遺跡(縄文時代後期前葉から中葉(約3,800~3,500 年前))から出土した人骨・船泊5号のY染色体ハプログループがD1a2b1(D-CTS220)であることが判明した。 アイヌ人の父系系譜を示すY染色体ハプログループの構成比については、日本列島固有のハプログループD1a2が87.5%(うちD1a2*が13/16=81.25%、D1a2a1が1/6=6.25%)と大半を占める。 -------------------------------------- ↓アイヌ人は、片や「ヤマト人」の血が入っていたり、片や「ニブヒなどのオホーツク沿岸居住民」血が入っていたり、または、その両方が入っていたりして、個人個人の「DNA」が広い範囲に「バラバラに点在」しているように見えてしまいます。

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はっきりと言えば、大和民族とアイヌ民族とは、まったくの「別民族」であると言っています。 しかし、沖縄人は、その祖先である「縄文人」は、本州由来であり、その後、本州方面からの大和民族もしくは弥生人が入り込み、混血化したのが、今の沖縄人となるため、まったくの別民族とは言えない、と言っているのです。 いいですか、科学的な回答をしているのです。 科学以外の余計な要素は入れない方がいいでしょう。

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「Y染色体ハプログループ」の調査が、世界的に、大々的に行われています、「Y染色体ハプログループ」は、渡来方向と時間がわかります。 「Y染色体ハプログループ」の調査は、1990年代から行われており、現在に至って、ほぼ固まりました。 最新の系統樹から導き出される「Y染色体ハプログループ(O1b2)」人類集団は、中国大陸から日本列島へ渡来し、その後、そのごく一部が朝鮮半島に渡ったルートとなってしまいます。 つまり、「朝鮮半島→日本列島」方向への移動した「渡来系弥生人」が存在しないのです(ごくわずかな交流の痕跡はあります)。 「水稲稲作(弥生)」や「支石墓」に関係する「Y染色体ハプログループ(O1b2)」人類集団の最新の系統樹を以下に示します。 ------------------------ ↓O1b2系統樹 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97O1b2_(Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93)#%E7%B3%BB%E7%B5%B1%E6%A8%B9 -O1b2(旧O2b) (P49, M176) - 日本列島、朝鮮半島、満州、東南アジア --O1b2a (F1942/Page92) ---O1b2a1 (CTS9259) ----O1b2a1a (F1204) -----O1b2a1a1 (CTS713)(旧47z) - 日本人(大和、琉球)で高頻度 ------O1b2a1a1a (CTS1875) - 日本列島 -------O1b2a1a1a1 (CTS10682) - 日本列島 ------O1b2a1a1b (Z24598) - 日本列島 ------O1b2a1a1c (CTS203) - 日本列島 -----O1b2a1a2 (F2868) - 日本列島 ------O1b2a1a2a (L682) - 朝鮮半島に高頻度★ -------O1b2a1a2a1 (CTS723) - 朝鮮半島★ --------O1b2a1a2a1a (CTS7620) - 日本列島、ナナイ族 --------O1b2a1a2a1b (A12446) ---------O1b2a1a2a1b1 (PH40) ------O1b2a1a2b (F940) - 遼寧省の満州族に高頻度 -----O1b2a1a3 (CTS10687) - 最大頻度地域は韓国の江原道で4% ------O1b2a1a3a (CTS1215) ----O1b2a1b (CTS562) ---O1b2a2 (Page90) ↓O1b2系統樹 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97O1b2_(Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93)#%E7%B3%BB%E7%B5%B1%E6%A8%B9 -----O1b2a1a2 (F2868) - 日本列島←【親A】 ------O1b2a1a2a (L682) - 朝鮮半島に高頻度★←【親Aの子B】 -------O1b2a1a2a1 (CTS723) - 朝鮮半島★←【子Bの子C】 --------O1b2a1a2a1a (CTS7620) - 日本列島、ナナイ族←【子Cの子D】 ↑日本列島で誕生した「O1b2a1a2 (F2868)」が、朝鮮半島へ行って「O1b2a1a2a (L682)」と「O1b2a1a2a1 (CTS723)」が発生した。 ↓「日本人」と「朝鮮民族」の「Y染色体ハプロタイプ」を確認してください。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA#Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97%EF%BC%88%E7%88%B6%E7%B3%BB%EF%BC%89%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%B3%BB%E7%B5%B1 日本人→「O-47z=25%」「xO-47z=8%」くらいです。 朝鮮民族→「O-47z=4%」「xO-47z=33%」くらいです。 O-47z=O1b2a1a1 (CTS713)(旧47z) xO-47z=O1b2a1a2a (L682) となります。 朝鮮半島の「O1b2」は、日本列島の「O1b2a1a2 (F2868)」の子マーカである「xO-47z=L682、CTS723」がほとんどなのです。 ----------------------------------- ↓支石墓(東アジア) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E7%9F%B3%E5%A2%93#%E6%9D%B1%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2 ↑朝鮮において水稲作が開始した無文土器時代に支石墓が現れることなどから、支石墓の担い手は日本列島、朝鮮半島へ水稲栽培をもたらした(ハプログループO1b2 (Y染色体))と推定される。 ------------------------------------ ↓無文土器時代(水稲との関連) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E6%96%87%E5%9C%9F%E5%99%A8%E6%99%82%E4%BB%A3#%E6%B0%B4%E7%A8%B2%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%96%A2%E9%80%A3 ↑無文土器時代の開始は朝鮮における水稲作の開始時期とほぼ一致する。このことから、朝鮮に長江文明由来の水稲作をもたらした人々が、無文土器文化の担い手であった可能性が考えられる。崎谷満はY染色体ハプログループO1b(O1b1/O1b2)系統が長江文明の担い手だとしており、長江文明の衰退に伴い、O1b1および一部のO1b2は南下し、百越と呼ばれ、残りのO1b2は西方及び北方へと渡り、山東半島、朝鮮半島、日本列島へ渡ったとしている。このことから、朝鮮に無文土器文化をもたらした人々はO1b2系統に属していたことが考えられる。O1b2系統は現在の朝鮮民族に20~40%ほど観察されている。 ------------------------------------ ↓「水稲稲作(弥生)」や「支石墓」に関係すると推定されている「O1b2」人類集団の系統樹から導かれる「通過ルート」

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「日本人(大和民族)」は、すべて「縄文人」と「渡来系弥生人」との混血民族です。しかし、片方の祖先である「渡来系弥生人(今から約3000年前)」は朝鮮半島から来たのではないようです。 ↓国立遺伝学研究所(2016年9月1日) https://www.nig.ac.jp/nig/ja/2016/09/research-highlights_ja/20160901.html ↓「総合研究大学院大学のプレスリリース(2016年9月1日)」 https://news.mynavi.jp/article/20160901-a074/ 「日本列島」と「朝鮮半島」との人的交流は、今からわずか約2000年前より後となります。 ----------------------- ・中国南部及び朝鮮半島には存在しない古いタイプのハツカネズミを引き連れて「縄文人」は日本に渡来した。 ・約4000年前、南アジア亜種系統(中国)のハツカネズミを引き連れて「渡来系弥生人」は日本に渡来した。 ・歴史時代(2000年前)に、やっと北ユーラシア亜種系統(朝鮮半島)のハツカネズミが渡来した。 ----------------------- 日本列島人が、初めて、朝鮮半島にちょっかいをかけたのは、百済などが国として成立したころ、今から約2000年前です。それまでは、日本列島人は、朝鮮半島に行かなかったし、朝鮮半島から人もこなかった。 弥生時代の開始は、今から3000年前(BC10世紀)に変更されており、今から3000年前(BC10世紀)に、九州北部で本格的にはじまった水田稲作が「九州北部---->関東」を結ぶ線上を、約800年かかって、ゆっくりと拡大東漸していったことが判明しています。 ↓総合研究大学院大学、文化科学研究科で公開している資料です。 ↓弥生時代の開始年代(総合研究大学院大学、文化科学研究科) http://www.initiative.soken.ac.jp/journal_bunka/050509_fujio/thesis_fujio.pdf ↓社会科教科書「帝国書院」より https://www.teikokushoin.co.jp/q_and_a/history/#q2 Q2:縄文時代と弥生時代の区分はいつ頃ですか。 A2:教科書p.23では弥生時代を、紀元前3世紀ごろから紀元3世紀ごろまでの600年間としています。その一方で、この記述に注釈をつけて、弥生時代のはじまりを紀元前10世紀とする新しい研究成果も紹介しています。 これまで通説となっていた、「弥生時代のはじまり=紀元前300年」は、1960年代に、土器編年(土器を各地域ごと、各型式ごとに前後関係に分類・整理し、年代順に配列すること)や遺跡から出土した中国の青銅器をもとに割りだされた年代に、弥生前期のコメや貝を炭素14年代法(遺物の中の炭素の放射性同位体である炭素14の量から年代を推定する方法)で測定したデータ結果を加味して出された説でした。 2002年、弥生時代のはじまりを紀元前10世紀ごろであると発表したのは、国立歴史民俗博物館(以下、歴博)です。歴博は最新のAMS?炭素14年代法などによって測定した結果、九州北部の弥生時代遺跡から出土した、土器に付着する炭化物(コメのおこげ)や木杭は、紀元前900~800年のものであり、紀元前10世紀後半に九州北部で本格的にはじまった水田稲作が、約800年かかって日本列島を東漸したとの説を展開しました。 水田稲作が九州北部から各地に広がるのに要した年月は、例えば瀬戸内海西部地域までで約200年、摂津・河内までで300年、奈良盆地までで400年、中部地方には500年、南関東には600~700年、東北北部には500年であると推定されますが、水田稲作が、きわめてゆっくりと各地に広がっていったことが、ここから分かります。 こうしてみますと、従来のように「弥生時代のはじまり=紀元前300年」などと、ある一点で区分すること自体、無理があると思われますが、教科書本文では、通説に従った紀元前300年と記述し、注釈で紀元前10世紀という説を示しました。これは現時点では様々な議論があり、また地域によって差があることを踏まえた記述であることを、ご理解いただきたいと考えております。 ----------------------------------------- ↑ここまではいいですか? ↓さて、最新情報です。 ----3000年前------------2000年前------------------現在 -------+---------------------+-------------------------- --中国南部のハツカネズミ--><---朝鮮半島ハツカネズミ---> ........▲..........................▲......................... ..渡来系弥生人.............歴史時代 ..の渡来(3000年前)......朝鮮半島との接触 ................................は周知の事実 ↓北海道大学プレスリリース(2017年8月14日最新報道発表) http://www.hokudai.ac.jp/news/170814pr_su.pdf ↑日本産の野生ハツカネズミが,先史時代の農業の歴史的展開とともに中国南部からは約4000年前、朝鮮半島からは約2000年前に、それぞれ渡来したことが判明。 ↑上記2系統以外に,さらに古い時代(おそらく縄文人)に移入した系統が存在する可能性も指摘。 ↑図2の説明、 遺伝的解析に基づき想定された主要2亜種系統の日本列島への移入。過去の研究成果もふまえ、日本列島への野生ハツカネズミは以下のような流れで移入・展開したと考えられる。 (1)南アジア亜種系統はインドに起源地を持ち、約8000年前に放散。その後、 (2)中国南部に移入した系統が珠江流域において4000年前に放散し、日本列島及び南サハリンまで波及した。 (3)北ユーラシア亜種系統は朝鮮半島にとどまっていた系統がおよそ2000年前に放散現象を起こし、日本列島に九州経由で移入した。移入後しばらく時間が経過した後(例えば1000年前)、北ユーラシア亜種系統は東北及び北海道に南アジア系統と交雑しながら北方移動した。 -------------------------------------------- 【わかったこと】 中国、朝鮮を含めて、歴史時代に突入したのは、今から約2000年です。つまり、今から約2000年前より後は、日本列島と朝鮮半島と接触とか「いざこざ」があったのは、周知の事実です。 渡来系弥生人が日本列島へ渡来したのは、今から約3000年前です。 しかし、今から約2000年前より前は、日本列島と朝鮮半島とは、接触が、全く無かった模様です。 つまり、今から約2000年前より前には、朝鮮半島由来の野生ハツカネズミは日本列島には存在しない、これは「渡来系弥生人」が、朝鮮半島から来たのではないばかりか、朝鮮半島を「経由」すらしなかったということになります。 また、もう有名な話ですが、 2200年前の弥生米(大阪の池上曽根遺跡や奈良の唐古・鍵遺跡)のDNAを分析した結果、朝鮮半島には存在しない中国固有種が含まれていることが判明している。 ↓中国から日本へ稲作が直接伝来した裏付けとなる「RM1-b 遺伝子の分布と伝播」、日本の各所に点在するRM1-b遺伝子。中国では90品種を調べた結果、61品種に、RM1-b遺伝子を持つ稲が見付かったが、朝鮮半島では、55品種調べてもRM1-b遺伝子を持つ稲は見付からなかった。なお現在の日本に存在する稲の遺伝子は、RM1-a、RM1-b、RM1-cの3種類

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最新の研究報告より 長江文明(稲作文明)は、今から約4200年前に、急激な寒冷化によって突然衰退しました。 長江文明:日本の水稲栽培は、稲のDNA解析に基づくと、長江河口域から渡来したことが明らかになっています。つまり、長江新石器文明は日本人のルーツといえる重要な文明です。 ↓失われた長江新石器文明の謎 ? 約4200年前の気候変動を海洋堆積物から復元する(2018年12月28日) https://academist-cf.com/journal/?p=9579 ↓長江河口域の過去の気温と、日本列島への水稲稲作の伝来(約3000年前)、春秋戦国時代を比較してみます。

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日本はもとより、中国(中国は日本以上にこのことを知っている)、アメリカ、イギリスなど、世界中がよく知っていることですね、知らないのは韓国などだけです。 1980年代までの「ミトコンドリアDNA」だけで騙せると思ったら大間違いです。 2003年に「ヒトゲノム」のDNA塩基配列が解明され、それまでは、ゲノム中の僅かな範囲しか調べられなかった人類進化の研究において、一挙に30億個の塩基配列を調べることが可能となり、数万~数十万倍解像度が上がりました。これは、以前は虫眼鏡程度(ミトコンドリアDNA、Y染色体ハプロタイプなど)であったものが、光学顕微鏡を飛び越えて、電子顕微鏡レベルに解像度が上がったことを意味します。 ↓たとえ「ミトコンドリアDNA」で分析しても、日本人は「縄文人」と「渡来系弥生人」との「混血」です。 【ミトコンドリアDNAの場合】 ↓財経新聞(2017年12月22日) http://www.zaikei.co.jp/article/20171222/417865.html ↑現代日本人のDNAには縄文人と渡来人のDNAがおおむね2:8の割合で残っているという。その縄文人のDNAがM7aとN9bである。M7aは日本人にしか見られないグループで、韓国の一部で確認されているものの、縄文時代に日本から移住したと考えられている。M7aは南方に起源があるとされている。N9bもまた、朝鮮半島沿岸部で一部見られるものの、基本的には日本人にしか見られないグループである。N9bはシベリア付近に起源があると考えられている。これは大陸からやってきた渡来人が日本に住み着いていた縄文人を淘汰することなく、混じり合いながら勢力を拡大させていったことを表しているという。そして、現代の日本人の基礎なると弥生人が誕生した。 ↓DNAで探る私たちの起源(分子人類学)篠田謙一 https://www.kahaku.go.jp/research/researcher/my_research/anthropology/shinoda/index.html ↑現代日本人と縄文人、弥生人のミトコンドリアDNAのグループ頻度を比較したものです。DやGといったグループが縄文人にはあまり無いのに、渡来系の弥生人には多いことが分かります。私たち本土の日本人は、弥生人に近いですが、両者のあいだの値を取っています。このことから、私たちは縄文時代に日本列島に住んでいた人たちと、弥生時代になって大陸から渡来した人たちが混血して成立したということが予想されます。実は縄文人と弥生人はずいぶん姿形が違うので、人骨の研究者も日本人の形成に関しては以前から同じ事を考えていました。遺伝子の分析でもそのことが証明されたのです。 ↓現代日本人は、縄文人と渡来系弥生人のミトコンドリアDNAの、両者のあいだの値を取っています。

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↓篠田謙一教授(医学博士 日本人類学会会長 国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長 国立科学博物館副館長 京都大学及び放送大学客員教授)

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