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2020/9/19 20:18

2323回答

1990年代に車やバイクに乗ってた方に質問です。

1990年代に車やバイクに乗ってた方に質問です。 最近イニシャルDをレンタルして観てますが、父母(52歳)が『あの頃は乗り物が楽しかったな』『懐かしい』と言っています。 父は、サーキットにもよく出てたらしく藤原拓海が乗ってるのとソックリな86のスポーツタイプみたいなのに乗ってたらしいです。バイクもホーネットとフェザーに乗ってたそうです。 母も車とバイクをMT免許で取っており、バイクやなんかの車を乗り回したり父とドライブを楽しんでたそうです。 ちなみに母は、今ではAtやスクーターしか乗れないそうですが笑 がら悪いように思えるかもしれませんが、父は公務員、母は元銀行員といたって普通の家庭です。 ここで質問なのですが、1990年頃って今より遥かに車やバイクが楽しい時代だったのでしょうか? 私の両親のように普通の人も、乗り物楽しんでたのでしょうか? イニシャルD見てると確かに楽しそうですが、あんなに車業界は賑わっていたのか気になります。 というか、車だけでなくバイクもですが、今でも夜中に峠攻めてる人っているんでしょうかね。

自動車 | バイク234閲覧

ベストアンサー

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>父母(52歳)が『あの頃は乗り物が楽しかったな』『懐かしい』と言っています。 ↑その通り。 日本の車もバイクもどんどん性能が上がり、バイクはレースでも日本メーカーが無敵状態。 F-1でもホンダエンジンが圧倒的な速さを発揮し、F-1は地上波で全レースが中継されるほどの注目ぶり。 一般人の中にも車やバイク、モータースポーツに興味を持つ人が大勢いました。 車はスポーツカー系。 バイクはレーサーレプリカマシンが飛ぶように売れて、週末の峠などには皮つなぎを着たライダーや峠仕様の車が溢れてました。 自分も車もバイクもやりましたが、本当に楽しい時代だったと今も思いますね。 >父は、サーキットにもよく出てたらしく藤原拓海が乗ってるのとソックリな86のスポーツタイプみたいなのに乗ってたらしいです。 スポーツタイプ? GTVかな? イニシャルDのハチロクはGT-APEX。 ハチロクの中では豪華装備仕様になります。 細かい違いは省きますが、GTVの方がスポーツ色が強かった。 とは言え、ハチロクは色々なグレードのパーツをゴチャにしている(下手すると事故で修理の際に色違いのパーツでとりあえず直して色々な色のボディーのまま乗ってる人もいた)ことも多いので、GT-APEXだからスポーツではないとも言えません。 >母も車とバイクをMT免許で取っており、バイクやなんかの車を乗り回したり父とドライブを楽しんでたそうです。 >がら悪いように思えるかもしれませんが、父は公務員、母は元銀行員といたって普通の家庭です。 はい、全然ガラ悪くなんかありませんよ。 当時は走り屋と暴走族がハッキリと住み分けされてました。 暴走族はガラが悪くてナンボですが、峠に集まるような走り屋連中は基本的には普通の人ばかりです。 中には暴走族を卒業して走り屋になる人もいましたが、みんな極めてフレンドリーで単なる走ることが趣味な普通の人達でした。 >1990年頃って今より遥かに車やバイクが楽しい時代だったのでしょうか? 私の両親のように普通の人も、乗り物楽しんでたのでしょうか? そうです。 これまでの文でこの質問の答えにはなってしまってますが、とにかく普通の人も車やバイクへの関心が高く、高性能なスポーツカーやレーサーレプリカバイクは人気の的でした。 自分もMR2(AW11)、AE86レビン/トレノ、180SX、セフィーロターボ等乗りましたが、正直あの時代のスポーツ系の車は今見てもトキメキますね。 AE86は今も乗ってます。 死ぬまで乗るつもりです。 最近の車は安全性でも燃費でもサポート性能でも当時の車とは比較にならないほどに進化してますが、残念なくらい欲しくなりません。 スポーツ系で頑張ってる車種もあるにはありますが、ハチロクを降りて乗り換える気持ちには到底なれません。 >車だけでなくバイクもですが、今でも夜中に峠攻めてる人っているんでしょうかね。 車は今でも峠道にタイヤ跡が多数残ってる場所もあるので少しは走ってる人もいると思いますが、基本的に絶滅危惧種となっています。 代わりにサーキットを走れる走行会などが昔より充実しているので、本気で走りたい人はサーキットに行きます。 別に峠が本気ではないとは言いませんが、今の時代はそうするべきです。 時代が変わりました。 バイクはあの頃は大型二輪が教習所では取れず、試験場に暴走族や走り屋候補みたいな若いのが取りに行っても落とされまくってなかなか取れない等の現実がありました。 なので教習所で取れる400ccまでのバイクが異様に賑わってました。 今は峠を攻めに行く走り屋的なバイク乗りは車同様に絶滅危惧種かも知れませんが、教習所で大型二輪が取れることから大型二輪に乗って、ツーリングがてらに峠道をハイスピードで流すようなことをしてる人達は多数いますね。 自分は今はバイクは通勤スクーターくらいしか乗りませんが、やはり見ると欲しくなりますね。 イニシャルDは、主人公がもし実在していたならすでに40代くらいの人になります。 劇中で、ハチロクが92にモデルチェンジしたのが主人公が小学校3年くらいの頃みたいな話があります。 ハチロクは1987年にAE92に取って変わられます。 今が2020年だから単純に33年前。 小学校3年なら8~9歳なので、41~42歳ってとこ。 まるで走り屋がカッコいいみたいな描写が多いけど、当時は実際そんな感じでした。 走りが凄ければブサイクでもモテたような時代。 もう二度とあんな時代は来ないでしょう。 今はむしろスポーツカー乗りはオタクだ、みたいな言われ方をすることも増えました。 とても残念なことだと思います。 それと補足として。 お父さん、52歳なんですね。 だとしたら、18歳で免許取得したならAT限定免許はまだ存在してません。 その頃に免許を取得した人達は例外無くMTです。 47~48歳辺りから、AT限定が選べたんじゃないかな? バイクのAT限定は更にもっと後になりますけどね。

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他の方の回答にちょっと突っ込ませていただきます。 >あの時代の自動車はほぼ全ての車種のエンジンがAE86で、トレノよりも人気があったレビンだけで無く、ターセル、コルサ、MR2、その他大勢も、ほぼAE86なので86と言う言い方は間違いです。 ↑コレは嘘。 AE86はレビン/トレノで4AGを搭載したモデルのみです。 エンジンがAE86ではありません、 エンジンは4AG。 確かに4AGはハチロクの他にもセリカ、カリーナ、MR2、カローラFX、カローラセダン等々、いろんな車に搭載されました。 でもAE86と言うエンジンは存在しません。 AE86はあくまで4AG搭載のレビン/トレノで、FR最後のモデルのみです。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

全ての疑問にわかりやすい回答、解説ををくださった豊田蜂六さんをBAにします。 たくさん回答がきてびっくりしましたが、それぞれみなさん色んな思い出があるんだなぁ…と痺れました。 私もお金ためてほしい車やバイクを買おうと思います! 皆様、本当に回答ありがとうございましたm(_ _)m

お礼日時:9/20 23:52

その他の回答(22件)

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「速い」「スポーティーでカッコいい」ってことへの憧れやこだわりが今の時代よりも、ずっと強かったと思います。 AE86が新車販売されていたのは、自分の大学時代になります。リトラクタブルヘッドライトのトレノは特にカッコ良かったですね。当時乗れたのは、医者の息子くらい。自分は走り屋ではないですが、車を買う時は絶対にカッコよくスポーティーな車と心に決め、実際に後継車のAE92レビン後期型を新車で買い、随分長く乗りました。 イニシャルDのしげの秀一氏は、80年代には、バイク漫画で「バリバリ伝説」を書いており、大学時代これは読んでいました。バイクの世界は、RZ250のデビューがきっかけ、RG250ガンマのデビューでフルカウルのレーサーレプリカの時代に突入、TZR250とNSR250の時代からはアマチュアレースへの熱が最高潮となりました。80年代後半です。 車もバイクも速いことがカッコよく憧れの世界で、峠道でのレーサーまがいの走行も流行りました。 ただ90年代半ばになると世の中は大きく変わりました。レーサーレプリカは普通の人が気軽に楽しめるバイクでなくなり、カワサキのゼファーが大ヒットし、性能至上主義は終わりました。車の世界も大きく変わり、第1次オートキャンプブームが起こり、ミニバンとステーションワゴンにスポーツ車は取って代わられました。 若者はかつて乗り物を憧れとしてお金を使いました。しかし、パソコンと携帯、インターネットにお金を使わざる得なくなりました。 やがて21世紀となり、環境問題が厳しくなり、2stスポーツバイク絶滅。250ではカウルバイクがカワサキのZZR250しかなくニューモデルが出ない時期が長く続きました。バイクの中心は大型に移行。2ドアスポーツ車もロードスターなど一部を除き絶滅。4ドアスポーツセダンに変わられ、レガシィやアコード、アテンザなどで命脈を保ちます。 二輪四輪ともに、若者が憧れるバリバリのスポーツ車はほぼ絶滅したのでした。若者の車離れに危惧した空気から、トヨタは走りを売りにして生き残ってきた富士重工と組み、86を作りました。AE86へのオマージュを込めて。バイク界でも今から10年ちょい前、カワサキがNinja250Rを発表し、すっかり活力を失っていた若者向け250市場に活を入れ、大ヒット。数年かけて他メーカーも追随し、現在の復活に繋がります。 私は、バイクは今も乗り続け、やはり若い時に憧れたフルカウルバイクが好きですね。車は、キャンプ時の実用性と走りを両立させたステーションワゴンが好みです。 ただ、公道レーサーまがいの走り屋に関しては、昔も今もずっと冷ややかな目で見てました。奥多摩周遊道路をツーリングしてると、今も猛スピードでコーナーに突っ込んでくるバカがいて、対向車線からこちらにはみ出してきたら、こっちも大怪我だと危惧させられます。また、筑波山周辺をツーリングすると、多くの峠道はバイク通行禁止のままです。あの時代の無謀な運転の負の遺産を感じ、甚だ迷惑だと思います。

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まぁテクノロジーが陳腐で操作の大半が人間頼りだったからね。 ナビなんかもなくて地図みて現在地判断してたんだから。 でも、今の車の方が完成度が高くて、普通のファミリーカーでも当時のスポーツカー並みのハンドリングを持ってるのは事実だよ。 古い車はボディが緩くて操作に対して反応がボケてたからね。 えい!と操作して車が反応するまでの待ちの時間が必要だった。 楽しさは薄れたけど、やった事にダイレクトに反応するのは今の車の方。 そういう意味では今の車の方が楽しいね。

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52歳なら、当時はクルマもバイクも「AT限定免許」なんて無かったからね(笑) バイクに乗り出して33年、クルマに乗り出して29年、今でもクルマやバイクは楽しいよ。 それを楽しめないのは、クルマやバイクのせいではなく、それに接する自分の気持ちだと思うけどね♪ \(^o^)/

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楽しかったですね。主の両親より少し若い世代ですが、86の後に出た101(不人気車)と言われる車に乗ってました。 最初は峠でしたが、ツレに誘われて首都高に行って魅せられ、エンジンにまで手を入れて首都高専門に笑 よく2リッタークラス(シルビア、180、セブンなど)を目の敵にして走ってました。 辰巳PAでは仲間がいっぱいできましたね。 格下に(排気量)負けるのが嫌で走ってくれなくなった人もいましたが笑 完全に違法なので今ではバカだったなと思いますが、給料の大半を車バイクに注ぎ込んでたあの頃は後悔もしてないしいい思い出です。 今では車はファミリーカーをほぼノーマルで。 バイクだけは趣味の範囲で当時のをいじくりまわしてます。 今でもかなり少なくなりましたが走り屋は存在しますよ。まぁ首都高でも走ってる車の雰囲気はかなり違いますが(高級車が多い) 今の人は車バイク離れがすごいし、当時より環境が違いますから。 自分はギリバブル時代だったので働き出してすぐに月収50くらいはあったので車バイクに注ぎ込めるお金がありましたからね。一種のステータスでしたし。

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