三国志魏書巻三十「烏丸鮮卑東夷伝倭人条」いわゆる「魏志倭人伝」が他に比べて異様に長いと聞きました。 どうしてこれだけ長いのですか。

日本史 | 中国史63閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん本当にありがとうございました。

お礼日時:10/26 22:00

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第四勢力である朝鮮半島の公孫淵を魏が滅ぼし、邪馬台国が朝貢を求めて来ました。 公孫淵の燕は呉と魏の間で離反を繰り返し、もし東方からの勢力と呉から挟み撃ちにされたら著しく不利な立場に追い込まれます。 『魏志倭人伝』による女王国の距離と方角を実際に辿ると九州の海上の南方に出ます。 会稽東治の東とあるので女王国は沖縄付近にあると想定し呉に対する圧力になると期待した事は、蜀の西方に存在した大月氏国にも金印を与えているところから明らかです。 魏が燕を滅ぼした後は帯方郡を置きましたが周囲の他の東夷諸国は反抗的で友好的な女王国は利用価値が高く重要な立場にあったからこそ詳しい情報を求められました。

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「異様に」というほどではありませんが確かに文字数は多目です。 細かいことは忘れましたが当時、中国の西方で周辺国に対して手柄を挙げた人がいて、東方でも「それなりの成果」が求められることとなり、中国に朝貢してきた倭国を過大に大きな国として扱ったという説が有力です。だって邪馬台国の人口を7万戸と書いてありますが当時の遺跡の状況から考えて絶対にありえませんし。

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不明。 有力説 ①三国時代、敵対する呉の東にある国と思われていた。 ②日本には武官の政張他複数派遣され10年前後いた。詳細な軍事復命書が元ネタの魏志、魏略に載っていたと思われる。 ③呉から公孫氏に援軍送った記録が残る。 ④列島には漢音と呉音が残り、呉とも繋がっていた。 ⑤倭国が呉と組み、海から責められるのを警戒した。北馬南舟、魏は海に弱い。

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