回答受付が終了しました

三国志の大国魏には、孔明レベルの人材が大量にいるとよく聞きますが、例えばそれは誰が該当しますか?

中国史 | 文学、古典125閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

回答(4件)

0

孔明が凄いのは、弱小国の蜀だったからでしょう。劉備が生きていたころは、そんなに実は孔明頼みじゃなかった。龐統や法正や馬良の軍師たちそして、武には、三国志ベスト3に入るであろう実力者が5人もいる。 孔明は、ほとんど後方支援を担当してたまに作戦を授ける張良のような役割をはたしていた。劉備が死ぬ頃には、趙雲と魏延以外は、上記に人間全員死んでしまい。頼りは、孔明一人になった。それで、スーパー大統領や総理のような全部ほとんど自分でやるようになる。後に蔣琬や費イや姜維が出てくるも孔明に意見できるほどじゃなかった。演義で、印象的だったのが外が魏延内が楊儀と言って孫権に馬鹿にされた。それだけ蜀人材がいなかった。 今回は、孔明レベルの知恵者となると魏では、曹操本人を筆頭に司馬懿や郭嘉や荀攸や賈詡などでしょうかな 呉の4大軍師も孔明に負けない知恵者

7

「孔明レベル」とか「孔明を遥かに上回る」などという評価はあくまでも評価者の主観でしかなく、実際のところは比べようがないものです。例えば質問者さんから見てものすごい有能な人物であっても、私から見れば大したことないかも知れません。そんなのを気にするのは正直な話、意味がありません。 少なくとも諸葛亮は蜀漢においては国を統べるための基本法である『蜀科』の制定や人臣の最高位たる丞相を亡くなるまで務め上げるなど、単純な実績だけで言えば魏に比肩する人物はおりません。一方で魏の陳羣が策定してその後の魏晋南北朝時代の全てで人材登用の基本となった「九品官人法」の制定、これに匹敵するような不朽の功績は諸葛亮にはありません。 魏の人物たちの方を上位にとる意見が多いのは、単純に「より大きな国を作り支えたため」ですが、それにしたって魏と蜀漢では成り立ちも国勢も統治の状況も全く異なるわけで、単純比較はできません。それが逆になったとき、つまり魏の荀彧や陳羣が蜀漢にいたらとか、あるいは諸葛亮が魏にいたらとか、そういう状況は実際には有り得なかったのですから確かめようもないものです。荀彧や陳羣らは諸葛亮と同じようにできなかったかも知れないし、諸葛亮だって同様です。 つまり、国の中枢として揺るがぬ事績を残した人物たちは誰もがみな「すごい」のです。それをきちんと評価しようともせずに「大したことない」などと偉そうに言ってしまう先の回答者のごとき意見は一顧だにする必要はありません。 質問者さんには是非ともご自身で彼らの事績を見比べて頂いて、ご自身で彼らの評価をなさると良いでしょう。それが当たっているか的外れなのかは誰にも分からないわけで、要は自分がそう信じられればいいのです。その代わり、他の人は質問者さんとは違う評価基準を持っていますから、他人との談義になった場合には意見が衝突するものとお思い下さい。そういう風にして他人と意見を突き合わせてああでもないこうでもないと言い合うのは歴史の楽しみ方、醍醐味のひとつでもありますので。

7人がナイス!しています

0

孔明レベルの人材が大量にいる、のではなく、孔明を遥かに上回るレベルの人材が大量にいる、のです。 文では荀彧、荀攸、陳羣、賈詡。 武では曹真、張郃、司馬懿、郭淮。 ハッキリ言いまして、孔明は三国志の武将や政治家の中でも大したことはないですよ。演義で過大評価されているだけです。

2

中ニで吉川英治の三国志を読んだ時は、神様だと思っておりましたですが、史実でも、国をほぼ一人で運営出来る人間として、曹操以外に居ないのでは?

2人がナイス!しています