名監督でも、そもそもの脚本がつまらないと面白い映画は作れないのですか?

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外国映画 | 小説90閲覧

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原作小説の出来と、脚本の出来は別ではないかな…。 確かにトリュフォーも、「二流の通俗小説のほうが映画にしやすい」みたいな事を言ってましたが、だからといって、脚本がずさんでもいい、と言ってるわけではない。 ヒッチコックだって、「まるで絨毯の織り目を徹底的に織り込むように」という有名な例えのように、一瞬でも観客の集中力を途切れさせないように、つねに隙のない完成度の高い脚本をめざしていましたから…。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

なんと、原作小説の面白さと曲本の面白さは、実は必ずしも一致しないのですね。 皆様の丁寧な回答に感謝です。

お礼日時:2020/11/30 21:23

その他の回答(5件)

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世界に名を轟かせる監督は脚本の選定や自身で脚本を書いたり希望の脚本になる迄書き直させたりします。監督の仕事の中には脚本を手直しさせる事も含まれ、出来る監督はそこを見抜き良くない脚本は直して映画としての完成度を上げて居ると思われます。雇われ監督ならば既に有るクソ脚本を短時間で映像化する事に長けてる監督も居るでしょうしそうしたタイトルは大抵クソ映画に仕上がることからやはり脚本の出来がある程度は左右すると見るのが賢明でしょう。

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脚本って料理で言うところの素材だと思うのです。監督って演出家なので、絵作りや編集、音楽にも関わっていくはずです。 なので、どう料理するかっていうシェフ的な立場なので、脚本や原作が普通とか駄作と言われているのものであっても監督によってはスゴイ良い作品になったりするものではないでしょうか。 もちろん監督が面白いとかやってみたいと思う脚本でないといけないとは思いますけど。 未公開集とか見てると、編集してのテンポって大事だなーと思うので、監督ってスゴイなーと思っています。

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名監督とは、どんなに規模のデカい(撮影)現場でも見事に仕切った、そういう人物の呼称(カンムリ)です。 同時に、名監督といえば、(ざっくり)名作を多く手掛けたヒトという印象がありますが、それはより正確にいうと、名作となりうる企画(プロデューサーの人間性、映画化に最適と思われる水準の脚本ならびに原作)を的確にチョイスする能力の秀でたヒト、ということだろうと思われます。 (ちなみに映画界において、この両面を兼ね備えた人物は「巨匠」と呼ばれ、後のほうのみですと「名匠」「鬼才」「話題作を続々手掛けるヒットメーカー」などと呼ばれますね) つまり、ヘタな脚本の映画化を手掛けた時点で、もうそのヒトは名監督に非ず、ということになると思いますけど、う~ん、そーとも言い切れないかも?なんて気もしてます。 今までワタシも「いい脚本が無ければ、いい映画は生まれない」というコトバは何度も耳にしましたが、脚本をグチャグチャにしちゃったらしき監督さん、監督業がうまくいかず「アラン・スミシー名義」を使って、自身の作品だと示すことを放棄してしまった監督さん、あくまでカメラマンの画面作りが功を奏したと思われる映画の監督さん等々もいますし、宮崎駿の脚本(というか、あれは "絵コンテの文字起こし" だそうです。つまり画面構成=アニメ演出も宮崎サンは手掛けてしまいます)に縛られて不本意な作品を作ったらしいと言われる "ジブリ後継者候補" の監督さんなどもいらっしゃました。 つまりですね、それじゃあ「いい脚本」とはドコにあって、どんなモノを指すのか?.....あまりにも漠然としたハナシだと思うんです。 アタリマエのコトかも知れませんが、「いいプロジェクト」から名作は生まれる、としか言えないんじゃないか??なんて、ワタシは考えておる次第です。 えーと.....いかがでしょうか?

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アルフレッド・ヒッチコックはベストセラー小説には決して手を出しませんでしたがその理由というのが… 「傑作小説に手を出せば映像化失敗のリスクを背負う事になる、出来がいまいちの原作ならこちらでいくらでも面白く改造出来る」 映画史に参禅と輝く傑作「裏窓」も「鳥」も「断崖」も「見知らぬ乗客」も「疑惑の影」も、原作小説はかなりの駄作です

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なんと、ベストセラー小説こそ、あえて映画製作担当をしない監督方もいるのですね! 傑作小説に手を出すことはリスクも伴うのですね。

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つまらなかったら、監督が脚本書きます、とオファーされたときに言えばいい 脚本のウェイトは、やはり、大きいでしょう ま、書けない監督もいるが