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仏教の中国伝来は後漢の二代明帝の頃とされており、西暦100年より以前には伝来していたとするのが定説です。三國時代は通常は184年の黄巾の乱のあたりで区分される事が多いので、三國時代にはすでに仏教があったことになります。ただし、広まっていたかというと全くそんなことはなく、道教系の五斗米道(原始道教)や儒教の方が広く信仰されていました。 まあ、儒教が宗教かっていうとそこには議論があるとは思いますが。 三國時代の仏教徒として有名なのが笮融(さく ゆう)という人物です。最近のシミュレーションゲームなどでは出てくるので、少しずつ知名度も獲得してきているかと思います。彼以前の中国における仏教は前漢初期の伝来以来ほとんど発展がなかったのが実情であり、彼が布教に大きな役割を果たしてその後の隆盛を導いた、とも言えます。揚州に3000人も収容できる大寺院を建立したり、仏誕節(釈迦の誕生日=4月8日)に盛大な法会を開いて5000人も集めたり、出家する者に労役や租税を免除したりと、布教に大きな役割を果たしました。 ただまあ、笮融は「それ以外」が最低最悪でして。陶謙から任された物資運搬の役目をいいことに物資を横流しして巨額の資金を得て、それで壮麗な大寺院を建立したり、人格者として名高い趙昱の治めていた広陵に目を付けて、趙昱を殺して略奪したり、豫章を争っていた朱皓を救援して諸葛玄を殺したかと思えば朱皓までも殺して豫章を乗っ取ったりとまあ、やりたい放題です。 そんなわけで、笮融が広めても仏教はなかなか勢力を拡大できていません。仏教が隆盛するのは五胡十六国時代、仏頂澄や鳩摩羅汁らの出現を待たねばなりませんでした。
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