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2021/1/5 11:22

55回答

島根に住んでいるものですが、島根県には宍道湖という湖があります。そして宍道町という町もあります。

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湖名(地名)の由来が、調べて、正確に、分るものなのか、不詳、不明で終熄せざるを得ないのか、それは分りませんが、先ずは、県立・市立の図書館で、『地名大辞典(角川版)』や『歴史地名大系(平凡社版)』を調べてみてください。私の知る限り、両書とも、詳細で、学問的な、最新の地名大辞典です。 これで、相変らず、不詳、不明ならば、今では、もう、明快な答えは得られないもの、と、お思いください。

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出雲風土記の記述『宍道(ししじ)の郷 郡家の正西三七里なり。天の下造らしし大神の命の追ひ給ひし猪の像、南の山に二つあり。…(中略)…其の形、石と為りて猪・犬に異なることなし。今に至るまで猶あり。故、宍道(ししじ)といふ』はつとに有名ですが、北村博則氏の唱えたユニークな説もあります。 “松江の宍道湖はアイヌが命名したシシヂ湖の訛りである。シシヂとは大きい陰門(shish拡がれる、chi 陰門)。アイヌ語chitの訛りが「膣」で、chi部(恥部)の恥は漢字に表現したときの当て字である。chiは陰茎をも意味したからである。”

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古代の昔は出雲大社の稲佐の浜から宍道湖・中海は海峡で船で行き来していました。 古代では道路が無いので船の往来だけが通商の条件です、京都は巨椋池、奈良は真ん中にナラ湖がありました。 朝鮮半島からの文明の渡来は対馬海流をつかって出雲を目指します。それで海上からの目標物が必要なため古代出雲神殿はあのような高さで建築されました、そこから出雲市は海峡で荒神谷遺跡は沿岸になります。そして宍道、玉造、松江を通って境港まで抜けられたのです。それで出雲は古くから渡来交流で栄えたのです。 小泉八雲の本のなかに古代の言葉の解説がありますが、そこから推測していくと「シンジ」は古代の言葉ではないのか、と思います。

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それは誰にもわかりません。 宍道郷(昔の宍道村あたり、今でいう宍道町の一部)という場所がありました。 そのころ出た出雲風土記には、単に「入り江」とだけの表現だったので宍道湖とは呼ばれていなかったようです。 宍道郷は海上交通の要所で、宿場町だったようなので、おそらく宍道郷にある湖で宍道湖と呼ばれるようになったのかどうか。。。。