創造主を肯定する天理教<1838年 (12代将軍徳川 家慶(水野忠邦の天保の改革が有名)創始>ですが、 創造主を肯定するということは、

補足

大乗仏教に見られるキリスト教の影響 http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/bukkyokirisuto02.htm

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

お二人有難うございました。

お礼日時:1/17 15:23

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創造神や一神教の概念は意外に古く、 紀元前のエジプト文明で太陽神の神官の権威が国王よりも強くなり王政を脅かす存在になった為に、 王様が一神教を唱えて他の神様を崇拝する事を禁止したのが始まりです。 一神教のはずのキリスト教もかなり多神教の影響を引きづっていて、悪魔や堕天使等の二元論が抱える矛盾や、 ナザレのイエスが魚座時代の預言者だったこともあり、占星術(ゾディアック)の影響も受けています。 ところが天理教にはその様な矛盾点が一切ないのが大きな特徴で どちらかというと「創造主」というも「世界そのものが神の身体」という考え方が強く、むしろ相違点が多い気がします。 隠れキリシタンの信仰も長年の弾圧で、純粋なキリスト教を保てず、ほぼ先祖崇拝化していて、 明治時代になって宣教師がキリスト教の何たるかを1から教えなければいけない状況だったそうです。 (日本の仏教が葬式仏教化しているのと似た状況です。) とはいえ一神教的な性質をもつ天理教なので 明治政府からの弾圧を耐え忍ぶ為の研究目的で、隠れキリシタン関係の資料を集めていました。 現在ではその資料の多くがローマ教皇に寄贈されていて、天理教とローマ・カトリックの交流のキッカケになっています。 その隠れキリシタンの研究が天理教教典の編纂に影響している可能性は否定出来ません。天理教が布教の認可を取るために(教えを歪めて)編纂された明治教典と呼ばれる古い天理教教典への影響は大きいかもしれません。 ただ、天理教で「神の言葉」と同等の価値を持つ「原典」と呼ばれる「おふでさき」「みかぐらうた」「おさしず」は明治初期には完成しているので、隠れキリシタンの影響はほとんど無いと思われます。