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(-。-)y-゜゜゜ 日本の戦争は侵略戦争か?自衛戦争か? それは貴方自身が最終的に判断して下さい。 日本の戦争経緯を【1】~【10】まで 簡単にまとめたものと、 補足としてまとめたものを用意しました。 ご参考程度に頂けると幸いです。 ―――――――――――――――― ●日本の戦争経緯● ―――――――――――――――― 【1】満州事変 日本は日露戦争で満州南方の鉄道と炭鉱の権益を得て、そこに多くの日系企業や日本民間人が移り住んでいました。しかしそれから20年以上も北のソ連からやって来た共産ゲリラや、中国軍によって多くの日本民間人が殺害され、そして世界恐慌の発生で満州の権益の安定が必須となったから軍隊が動いたのです。 ↓ 【2】国連脱退 満州事変を受けて国連は満州国の建国を認めず、日本に対して満州からの軍の撤退を要請します。しかし、米国に支援された中国軍や、北のソ連からやって来た共産ゲリラのテロ行為は黙殺され。その具体的な解決策も示さず。先に日本軍が撤退しろというのですから、日本としては到底飲み込めず国連を脱退してしまいます。そのままいて制裁処置を執られるリスクから避ける意味合いもありました。 ↓ 【3】日中戦争 満州事変の後に日本は中国軍と停戦条約を結びますが、それからも中国軍による挑発行為が続きました。盧溝橋事件や廊坊事件や広安門事件などといった中国軍による騙し討ちや襲撃が相次ぎました。そして二万数千の日本民間人がいた上海を中国軍が三万の兵で取り囲んで攻撃。第二次上海事変を起こして欧米人を含む千七百人の民間人が犠牲になった事から軍隊が動きました。 ↓ 【4】日独伊三国同盟 日本は伊国と独国と同盟を結ぶ事にしました。理由としては英国や米国などの列強国に対抗する為というのと、西からは独国が、南からは日本が、それぞれソ連を挟む形で、ソ連を牽制する為です。ソ連からやって来る共産ゲリラのテロ行為や、度々国境でソ連軍と衝突していた日本にとって、ソ連は悩みの種だったのです。 ↓ 【5】南進 日本は中国軍の首都である南京を陥とせば講和条約を結べると考えていました。しかし英米が南アジアを介して中国軍を支援し続けていた為に決着がつかず、泥沼の消耗戦へと突入します。その中国軍に対しての支援が南アジアを介してのモノだったという事と、資源を消耗した事で、中国軍に対しての支援ルート遮断の為、また新たな資源獲得の為に日本軍は南アジアに進出します。 ↓ 【6】禁油処置 米国は中国軍を支援し、間接的に日本民間人を多数殺害した事は全て棚上げして、日本の行いを一方的に侵略行為と非難し、日本が米国に7割以上頼っていた石油と鉄類の輸出を止めてしまいます。それまで米国は「日本に石油を送るのは、太平洋の平和の為に必要だ」と言って輸出していたのです。つまり石油を止めてしまえば戦争が起る事は米国は知ってたのです。 ↓ 【7】米国の思惑に気付く日本 米国は第一次世界大戦で同盟国に武器弾薬を売って経済発展した国です。だから世界恐慌で大量の失業者を抱えていた米国が、また戦争でもって儲けようとしている。戦争でもって国民をまとめて、失業者を兵器工場や農場で雇って解消し、つくった武器弾薬を同盟国に売ったり、戦後の外交カードとして活用しようと、経済の立て直しを図っていると簡単に予想が付きました。 ↓ 【8】独ソ戦 日本が石油輸出再開の為の日米和平交渉の途中で独国がソ連に進攻。独ソ戦が勃発してしまいます。ソ連が勝てば三国同盟からなる牽制効果が薄れて、ソ連が南下して日本を攻撃してきます。逆に独国が勝てば、ソ連の豊富な資源も得た独国がソ連を経由して南下し、やっぱり日本を攻撃してくる事が予想されていました。日本はその戦争に備えて防備を固めなければいけません。つまりより一層石油の有無が死活問題となったのです。 ↓ 【9】ハル・ノート 数カ月続いた交渉は全て無駄となりました。米国は石油が欲しかったら「日本が先に南アジアと中国大陸から全軍撤退させよ」という条件を突き付けたのです。それはつまり、中国軍のテロ行為が解決していない状態で軍隊を撤退させ、世界恐慌で日本の生命線と言われるほど経済的に重要な満州の権益を、そこに住まう民間人の命をテロによって滅茶苦茶にさせろという到底受け入れ難いものでした。 ↓ 【10】真珠湾攻撃 米国から石油が得られないとしたら南アジアにある油田地帯を力尽くで奪うしかありません。しかしその南進途中には米国の植民地であるフィリピンがあり、更に東のハワイには米艦隊が終結していました。米国が経済建て直しの為に日本との戦争を望んでいるとしたらとても無視はできません。適当に自作自演で起こした事件を日本軍の仕業として宣伝し開戦すればいいだけだからです。だから先手必勝の航空機による奇襲攻撃で米艦隊を撃滅した後。米国が艦隊の建て直しをしている間に中国軍に対しての支援ルートを遮断。日中戦争を終わらせて、また南アジアの資源でもって装備を整えて国防圏を完成させようとしたのです。 ――――――――――――――― ●侵略とは何か? 侵略とは国際法上、自衛ではなく一方的に他国や武装勢力の主権や領土を武力でもって侵害する事を指す言葉です。 ●日本の戦争は世界同時多発テロを受けた米国の対応と同じ 米国は2001年9月11日に起きた世界同時多発テロを受けて、その報復として中東に軍隊を派遣して、テロリストを支援しているとしてアフガニスタンとイラクと戦争をし、戦後は米国寄りの傀儡政権を樹立させました。日本も同じです。テロられたから軍隊が動いて戦争となり、満州国という傀儡国家を創ったというだけです。 ●当時の中国軍はテロリスト? 当時にも戦時国際法という戦争のルールがありました。基本は『戦闘に無関係な民間人に対しての攻撃の禁止』や『軍人と民間人の区別を付ける為に軍服の着用の義務』などです。ところが中国軍は敢えて私服姿で民間人の中に紛れて、日本軍だけではなく企業や民間人に対して攻撃を加えるなどのゲリラ戦法をとっていたのです。軍隊同士ではなく民間人を襲うなんて、当時の中国軍は"軍"とは名ばかりのテロリストとそう大差ない武装勢力だったのですよ。 ●アメリカはなぜ民間人を襲う中国軍を支援したか? アメリカは日露戦争で日本に対して資本援助ばかりか、戦争終結の仲介までしてくれました。普通だったら日本はアメリカに対して恩がある立場なのでアメリカから満州鉄道の共同経営を持ちかけられたとしたらそれに頷くはずでした。しかし、日本はそれを拒否した為。怒ったアメリカは中国の利権を得ようと今度は蒋介石が率いる国民党軍や張作霖が率いる中国軍に対して援助するようになったのです。 ●なぜ満鉄の共同経営を日本が拒否したか? 例えばアメリカは元はスペインの植民地であったフィリピンの独立運動を支援してました。ところスペインに勝った途端に約束を反故にしてフィリピンをアメリカの植民地に組み込み、反対する人達20万人を虐殺したのです。また門戸開放という全ての国の全ての国民に対し、等しい商業及び工業活動の機会が与えられるべきであるという自由貿易を提唱しましたが、アメリカは自国が保有しているフィリピンやグアムに対してはそんな開放的な事はしていませんでした。二枚舌外交を平然と行う国であり最終的に満州鉄道の利権そのものも奪われる恐れがあると信用できなかったのです。 ●当時の国際的には良心的だった日本? 当時は麻薬の密輸出を取り締まられたから、キリスト宣教師が一人殺されたから、そんな逆切れや過剰報復たる阿片戦争やアロー戦争が国際的に認められていた時代ですよ?それらと比べると日本は欧米よりも我慢強く正当性があると思いますが? ●もともと主義や思想が合わないドイツと日本 ナチス・ドイツはアーリア人種の優秀さを説き、逆にユダヤ人のみならず有色人種さえも劣等人種として蔑むという差別主義でした。対する日本は天皇陛下の下ではどんな人種や民族でも平等という八紘一宇を掲げていました。もともと"そり"が合わない国同士だったのですよ。それどころかドイツで差別されていたユダヤ人に対して日本は多くのパスポートを発行し、上海に移送してユダヤ人を匿っていましたのをドイツの外務省に問い詰められ、突っぱねた事もありました。
質問者からのお礼コメント
教科書に書いてない事も沢山あって勉強になりました。 順々に書いてあって凄く分かりやすかったです。 色々考えるきっかけになりました。有り難うございました。
お礼日時:1/28 0:53