冷戦が緊急暖和したときの1963年に米ソ間にホットライン開設とあるのですが、ホットラインとはどういう意味ですか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

わざわざ長文ありがとうございます。 よくわかりました。

お礼日時:3/4 23:46

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こんばんは。 『ニコニコ大百科』からの引用です。 1962年のキューバ危機によって、米ソ両国は危機発生時に意思疎通がいかに困難で遅れがちになるかを身をもって経験した。メッセージを翻訳し、暗号化し、送信し、復号し、届けるために浪費される時間の長さが戦争と平和の分かれ道になるかもしれないと考える人も多かった。そこで1963年に米ソ両国は「ホットライン」協定として知られることになる内容について交渉し、協定の下、ロンドン、コペンハーゲン、ヘルシンキ経由の通信線を利用して米ソの首都間でテレタイプによる直接通信が可能になった。 一般に信じられているのとは違い、ホットラインは直通電話ではない。危機に際しては声のコミュニケーションによって生じる不利益のほうが利益より大きいと考える者が多かったのである。今では文字通信だけでなくFAXや電子メールも使用できる。アメリカ側のホットライン端末は当初国防総省に置かれていたが、のちにホワイトハウスに移されている。人工衛星を含めた予備回線も複数設置され、米露両国の指導者が首都にいなくてもコミュニケーションがとれるようになっている。 【私の補足】当初は「文字通信」であり「直通電話」ではない点には要注意です。

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通信会社や交換台を経由せず、米ソの首脳同士が直接に対話できる直通の電話回線です。翻訳が必要なので通訳はいたでしょう。 いい違いを起こさないように、テレックス回線になりました。 現在のLINEのような会話形式のメールです。 当事者と軍の最高幹部以外には漏れないようになっています