ID非公開

2021/2/27 0:11

66回答

昭和恐慌で軍人の社会的地位が上昇したのは何故ですか。

日本史 | 歴史44閲覧

ベストアンサー

0

その他の回答(5件)

0

日本の国際競争力が落ちてネトウヨコメンテーターの人気がでたのと同じ。

0

というより国民の代表としてそれなりに信頼されてきた政党政治家の信用、それが世界大恐慌とその対応のまずさから大暴落したのが原因で、軍人の社会的地位は相対的に上昇しただけだと思います。 昭和初期は大正デモクラシーの影響で政党政治の全盛期。 当時「ライオン宰相」として国民に人気のあった浜口雄幸首相は金解禁を実現して外貨を呼び込むことで経済成長を考えていました。 「明日伸びんがために今日縮むのであります」と演説して選挙に大勝した彼は金解禁を実現するために緊縮財政をやり、念願だった金解禁を実現して外貨を呼び込もうとします。 だがタイミングが最悪だった。 金解禁を断行する一月前にNYの証券取引所で株価が大暴落。 当初は一時的な景気後退であるとする楽観的な見方が強く、浜口内閣は金解禁を強行。 その結果、日本経済はアメリカ発の世界大恐慌のダメージをモロに受けて壊滅的なダメージを食らってしまいます。 特に農村部でのダメージは大きく生活難から欠食児童やら娘の身売りが頻発していたわけですが、そんな中でも浜口内閣は過ちを認めず財政出動を頑なに拒否。 浜口総理の盟友だった井上準之助蔵相は失業救済を「断じてしない」、公債発行を「姑息な手段」と罵り、国民救済を全否定。 「今日の経済を考えるとき、人間の力で失業者を防ぐことはできません」と他人事。 農村救済に当たらねばならない内務大臣は雑誌の座談会で「東北地方人の失業は、失業に非ず、帰村すればそれで済むのだ」「失業手当などやると遊民・惰民を生じるから、そういう弊害を極力防ごうと考えている」と言い放つ始末。 ホントにこの辺りはどうしようもない。 そんな中、全国的なネットワークを持ち社会の底辺の人たちにも食い扶持を与えていた唯一と言っていい巨大組織が陸軍でした。 今だとピンときませんが農村部出身の人だと兵営の中で生れてはじめて白米を食べたという人がそこら中にいてたのです。 後に首相になる東條英機は当時第一連隊長として除隊する兵隊の就職先の世話までしていて極めて評判が良かった。 (この人は調べれば調べるほど下手に事務処理能力が高かったせいで自分の器以上に出世して自他ともに不幸になったタイプですね) 後に敵対する真崎甚三郎大将にまで「日本一の連隊長」と評されていたわけで、こっちの方が農村を救済する気が皆無の政党政治家よりも「まとも」に見えてしまった。 民主的な選挙で選ばれた政党政治家たちへの失望は最悪の形で結実します。当時は学校教育で「維新の志士」が過剰に持ち上げられていたこともあり細民の生活難を見た政治活動家たちは自分たちも「維新の志士」になろうとします。 「維新の志士」と言えば聞こえはいいですがそこで持ち出されるのは「桜田門外の変」のようなテロリズム。 彼らは井伊直弼のような悪徳政治家(それも短絡的な評価ですが)を排除すれば「日本はよくなる」と確信してテロ活動をいそしむようになります。 前述の浜口総理も井上蔵相も死因はテロによる暗殺です。 その結果、テロを鎮圧できる武力を持った陸軍の政治的発言権はさらに高まってしまった。 これにはマッチポンプ的な要素も強いですが、満洲事変など国際情勢の緊迫化も伴って頼りになるのは軍人さんとばかりに婦人公論のグラビアを荒木貞夫陸軍大臣が飾るまでなるわけです。 一方の政党政治家は本当に不人気で、515事件で犬養総理が暗殺されると世論は暗殺された犬養首相ではなく犯人の海軍将校たちに同情し、裁判中に助命嘆願の署名が百万通近く集まる始末。 かつて大正デモクラシーを熱烈に支持してきた国民も政党政治に完全に愛想をつかしていたわけです。 とはいっても太平洋戦争が始まるまでの陸軍首班の内閣がいずれも超短命であることでわかるように国民は軍事独裁政権を支持していたわけではなく、不偏不党、超党派の「中間内閣」が政党や軍部といった幅広い政治勢力の支持を受けて政治を行うことを望んでいました。 そこで打ってつけの神輿として担がれた政治家が貴族院議長の近衛文麿公爵。 首相に担がれた彼は優柔不断で敵を作らない性格、それ故に昭和戦前期において異例の長期政権を築き、内政面では厚生省の設置などそれなりの成果もあげてたわけですが、その優柔不断さが日中戦争を泥沼化させ対米戦争を不可避なものにしたというのが昭和史の頭が痛いところです。

0

現役武官制 私は高校の日本史は習ってないんですが、 本屋で読むと載ってましたよ?

0

・恐慌による政治の難局を海外領土の獲得で打開しようという動きが台頭し、実際に用いられる武力を担当する軍人の存在が注目されるようになった。 ・本来恐慌を納めるべくして活動しないといけない政党政治家はライバル党との政争に明け暮れ国民を顧みず、政友会も民政党も財閥と結んでおり、国民の信頼を損なうようになった。 ・満州事変以降軍部ファシズムが次第に増大し、国民思想も束縛していくようになった。

0

クーデター 結局最後は暴力が1番強い事を社会に再認識させたからです。 政治家も殺されたくありませんから、発言できなくなっていきます。