応仁の乱。 応仁の乱が勃発する直前の、畠山家お家騒動について質問です。

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御回答ありがとうございます。 『騒動のあいだは表に出ず、戦が落ち着くと弥三郎の家督を認めます。』 とありますが、正式に家督に認められた義就はその後、上意と称し大和国人と争ったりし義政の怒りをかって結局、義政は弥三郎の実弟である政長の家督を認める。と認識しています。 歴史的には1460年に政長の家督が認められ、その前1459年に弥三郎は死去しています。弥三郎が家督を認められた事実はあったのでしょうか?

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました!

お礼日時:3/8 20:04