大河ドラマ「青天を衝け」で徳川斉昭の七男への執心さに疑問があります。跡継ぎでもないし上に息子が多数いたはずです。

ドラマ | 日本史88閲覧

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↓興味がないんじゃなく慶篤はハッキリ言ってバカ殿 斉昭がバカを跡継ぎにしたいわけがない あれは幕府の命令もあった よく思ってないとかは記録がないから何とも言えない ただ、贔屓というがその分厳しく育てられているから はたして羨ましいと思われたかどうか 三つ葉葵は松平には許されている ただし、三つ葉葵も色々あって徳川家とは葉の形が微妙に違う >NHKが初歩的なミスをするとも思えませんが。 いやいや、思いっきり違うだろ 家族が、栄一と呼んでるじゃん

そうです。御三家の世継ぎ以外の息子はそれぞれ違う葵紋をもっていました。吉宗も紀伊家の部屋住みのときは三つ葉を四本の枝?みたいなので囲んだ変化形の葵紋でした。 今作で慶喜の部屋住みのときの家紋が見れると思っていたのですが残念です。 調べても慶喜の最初の家紋がどんなだったのかわかりませんでした。

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はい、そのとおりです。 司馬遼太郎は小説のなかで「斉昭は、七郎麿ばかりを溺愛するもんだから、他の兄弟はみんな不愉快だった」みたいなことをありとハッキリと書いてますし、「最後の将軍」を原作としている大河「徳川慶喜」(本木雅弘が主演のヤツ)では、菅原文太の斉昭と、跡継ぎの水戸藩主・慶篤(内野聖陽)はしょちゅう喧嘩のように言い争いをしてました。「藩主なんてくだらん! 辞めたい! なんにも面白いことがない!」とブーブー言ってた内野が印象的です。 つまり、斉昭は自分のあとを継いで水戸藩主になった長男には特に興味はなく、優秀な弟ばかりメチャクチャ可愛がったんですね。 何故かっていうと、斉昭という殿様はなかなりエキセントリックなひとで、一言でいえばこの時代に真面目に真剣に「天下を取ろう」としてたんです。 つまり、水戸藩主は永久に尾張・紀州に次ぐ三番手でありトップは取れない、しかし、優秀な息子を育てて「御三卿」のうちどれかに養子として押し込めば、いずれその優秀な子供が将軍になれる。つまり水戸が天下が取れる、っていう作戦を具体的に(あからさまに)推し進めていました。 七郎麿は、その大切なコマなんです。誰がどう見ても将軍の跡継ぎに相応しい優れた若者に育てれば、天下は自動的に転がり込んでくる。 いっぽう水戸の跡継ぎになった長男は、ただの留守番、くらいの役割しか期待してなかった。どうせコイツは将軍にはなれないんだからどうでもいい、って考えていたんでしょう。 オマエはいずれ弟の家来になるんだ、それが実現するようにオマエも協力しろ、って言われていい気がする兄がいるはずがないです。 で、本木と内野は、母の同じ兄弟ながら、「父からの愛され方」が雲泥の差だったことからずっと確執があって、それがドラマの一つの核でした。 今回の「青天を衝け」は慶喜が主人公ではないので、水戸家の内部事情なんかはそんなに出ないだろうし、兄の水戸藩主なんかも登場しないかも知れません。しかし。基本的には、七郎麿ー慶喜は「そういう立場」(ある意味うざったいと思ってもホンネは出せない)で育てられた、という基本線は変わらない、と言えるでしょう。

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元々、水戸家は将軍を輩出する権利はなく将軍家の補佐と尾張家、紀伊家からの将軍選定の際の目付であったと。幕末まで御三家のその役割はかわっていないはずです。 だから一橋家の後継者になれた七男が唯一の希望だったんでしょうがドラマでは老中から養子の話を持ってきた描写ですが実際は斉昭が必死に工作して実現したんでしょうねえ。 大河「徳川慶喜」で慶篤が一橋家を継いだ慶喜を御三家と違い家臣が少ない御三卿(しかも全部幕府からの出向組)は家臣をまとめる苦労がなくて羨ましがっているのが感慨深かったです。