ID非公開

2021/3/3 20:56

66回答

なぜ宗教を信じるんですか?

宗教28閲覧

1人が共感しています

ベストアンサー

0

その他の回答(5件)

0

その様なヴァカはいくらでも うじゃうじゃいますね。 気の毒です。

0

裟婆世界でさまよっていたくないからさ こんな世界まともじゃないし

0

あなたは「神はいない」と信じています。 そして「自分と違うことを信じている人は間違っている」と信じています。 その正当性は? あなたは科学を信じているようですが、では科学はあらゆるものごとを説明できているのですか? 出来ていません。それを知っていますか? 知りませんね。 あなたは「知らない」ということを知らないで他人を裁いています。 その正当性は?

1

あなたは根本的な勘違いをしています。 科学は創造主の存在を明らかにするものです。 この世にあらゆる法則が存在するということは、世界が偶然にできることは有り得ないという結論に達するからです。

1人がナイス!しています

0

科学は人間を救ってくれません。 人間の救いを提唱するのは宗教だけです。 家庭や学校や会社での問題に深く心を悩ませる時、 「あなたも幸福になれます」と語りかけてくるのは、 宗教です。 心を深く悩ませ人生に希望を見いだせない時、 「あなたも救われます」と語りかけてくるのは、 宗教です。 宗教を信仰するとは、 知識の領域において、 実際には自分の知識の届かない領域に関する事柄について、 自分の救いを得るために、「真実である」と 確信しなければならないものなのです。 人が信仰する理由は、その人が欲しいと思っている 当のものを、その宗教が与えているからです。 何らかの益(恩恵)、 「幸福になる」「地獄に落ちないで天国に行く」「罪が許される」 「善人になる」「人生の目的や意味が与えられる」「病気が治る」 「隣人愛を実践できるようになる」「自主独立できるようになる」 「人生をより良く生きれる」「人生訓・生き方の指針を与えてくれる」 「良い人生をおくれる」「満足な生涯を見出すことができる」 「生きている意味や、生涯の目的を与えてくれる」 「自己の能力を最大活用する生き方が出来る」 「独立精神を持って人生をめげずに頑張れる」 「挑戦や革新的な実践を出来るようになる」 「人生を一人でやり遂げることが出来る」 「自己の判断や実践が出来るようになる」 「辛い思いに我慢して耐える事が出来それらも歓びと受け入れられる」 ・・・etcは、 宗教団体が信者を獲得するためのエサとして、 人々の眼の前にぶら下げるものです。 上記のようなものが欲しい人は 上記のような餌を目の前にぶら下げられて食らいつきます。 上記のような「何らかの益(恩恵)」をもらえるかどうかを 優先する人々は、この餌に食らいつきます。 このようなことを、信者は 「幸福」「救い」「神からの恵み・祝福・愛」などと 呼んでいるのです。 上記のような「益(恩恵)」が本当に実現するためには、 その宗教は本物でなければなりません。 そうでなければ、儀式は、単なるマヤカシに 単なる茶番劇になってしまいます。 そうでなければ、約束された美味しい「益(恩恵)」を 受け取ることはできません。 つまり、上記にあげたようなイイものが貰えるためには、 その宗教は どうしても本物であってもらわなければ困るのです。 「○○は全て真理である」という主張は、 その宗教の一つ一つの主張が真実であるかどうか吟味した結果 発表された主張ではなく、自己の救いがその宗教に依存している という信仰から、真偽の吟味をすることなく、 生まれた主張なのです。 信者は、その宗教が本当かどうかを調べて、その後、 本当に違いないとわかって、そうして、本当であると 判断したのではありません。そうではなく、 その宗教だと自分の「益(恩恵)」に甚だ都合がよいので、 本当かどうかわからないのに、本物である と受け入れてしまったのです。 自己の救いがそこに依存しているわけだから、 その宗教に誤謬があることなど、 はじめから受け入れられないのです。 自己の救いをより大きな価値とする人がいる限り、 いかにその矛盾が指摘されようと、また 「非科学的」と非難されようと、 宗教は繁盛するに違いありません。 同様に、どんなに胡散臭くても荒唐無稽でも、 救いや幸福を探し求めている人々がいる限り、 これからも、宗教という「救いや幸福を売る商売」は 繁盛するに違いありません。