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2021/3/4 9:44

55回答

僕は親に座談会などに連れて行かされるのですが、その中で人々の話を聞いていると、「日々祈ったおかげで救われた」という言葉を、よく耳にします。

補足

みなさま回答ありがとうございます。 ただ、まだ自分の中で納得は出来ていません。 救われる、自分が変わるために必要なプロセスは、「知ること」そして「勇気を出すこと」だと僕は心の奥から思いますが、そこに宗教は必要なのでしょうか。 道理、教理などで答えを知ることは非常に重要だと思いますが、それが祈る必要性と直結するのがよく分かりません。 また、その座談会で聞く話は、難病の子供が祈ったおかげで救われたなど、いわゆる神様のおかげみたいなものがよく話されてましたが、それらの救いに関しては、宗教以外の他の要素(医者など)が関係しているだけの話だと思ってます。 本当に正しいものなんてない。世の中で広く知れ渡っているから正しい訳では無い。だからこそ、僕たちは得た知識を考えて考えて、自分の道を進んでいくだけであって、正しい確信を持てない宗教を、どうして信じられるのでしょうか。

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祈ること自体は悪くない。みんな神社でお願い事したりするし。 ただ、「祈ったから救われる」わけはないです。祈っただけで問題が解決するわけありません。信心でどうにかなるなら努力など無用になってしまいます。 あなたの違和感は、至極真っ当です。 少し失礼な言い方になりますが、違和感を感じない人が、多額のお金をつぎ込んだり怪しい宗教に騙されてしまうのだと思います。

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その違和感、間違ってないです。 祈ったから救われた、 祈ったからいま幸せなのだ、 これは人を愚弄しています。 祈っただけでは物事解決しません。 どんな人もその人の 日々の生活、努力があってこそ 幸せなのです!

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