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最近の、スマホ、ラインの時代は、昔と違って、人間の「孤独力」が育たないような気がします。

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ベストアンサー

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私も女の子なのに、グループに入ったりするタイプじゃなかったので親はちょっと心配したようですが、自分は人といると相手に合わせてしまうタイプなので、一人がけっこう好きで、平気でした。誰にも嫌われなかったし。 今は、ラインなどで、考える暇なく返信するのが普通って、私の考えるスピードからするとちょっと嫌だな。時代遅れと称して、ガラケー、メールで(それも、お互い気がついたとき、気が向いたときに返信する感じ)過ごしています。 「孤独癖がある」といわれたことはあります(たしかにね)が、「孤独力」って、いい言葉だと思いません?気に入りました。自信を持ちましょう。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆様、本当にありがたいお言葉頂き感謝申し上げます。お若い方が共感してくださったのがとても嬉しかったです。いろんなお考えが聞けて、今日はとても充実した気分です。ありがとうございました。

お礼日時:3/4 21:17

その他の回答(4件)

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高齢者としては、たしかに「LINEの返事をすぐしないと・・」なんて言ってる人たちの話や、友達と会えないことが地獄だなんていう話を聞くと、私には何か異質なものを感じます。 たしかに、ボッチ状態を極度に嫌うというか、恐れてる感じはします。 中には自ら人生を終わらせるほど悩んだりするなんて、たしかに孤独にまったく耐性がないみたいですね。 持論ですが、その傾向は日本で核家族化が始まった頃が起点ではないかと思ってます。祖母と両親と兄弟たちのガヤガヤした家庭で育った私は、知らず知らず異世代の人間との交流に免疫を接種されていたような感覚があります。親類の叔父さんや父の同僚なども身の回りにいたり、世代の違う大人たちとの半ば強引な交流にも晒されて育ったせいか、大人たちと話すことにさほど抵抗はなかったかもしれません。 それと違って、現代の子供たちは同世代の仲間たちでしか「正常な交流」が持てない(持たない・持ちたくない)傾向があると感じていました。 会社などでは否応なしで年上の人間と交流を強いられていますが、どうも彼らは本音で会話してる感じはありませんでした。 ある意味、世代差別が身に浸みついているような感じでした。 そんな彼らが同世代グループ内で仲間外れとなったら、こんな孤独から抜け出すことは困難と思ってしまうのは想像できます。 昔ならこんな時、お爺ちゃんやお婆ちゃんに「親には言えないこと」などをボヤいたり出来たでしょうけどねえ。 今はとにかく子供たちの逃げ場が少ないみたいに感じますねえ。 辛かったら逃げちゃえば良いんだと知らせたいですね。 腐った学校もありますしねえ・・・

私は80歳ですが、実は核家族で育ちました。それでも、近所の学年違いのお兄ちゃんお姉ちゃんたちと、大勢で遊んで育ちました。学校から帰って夕方まで。食べるものはなかったけれど。 今は、学校から変えると塾ですもんね・・ 若返れるものなら若返りたいとは思うけれど、今の時代に生きていけるかな・・と、正直思います。余裕のない大変な世の中ですね。

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裕子様、こんばんは。 なかなか言いえて妙と言うか、鋭い御考察だと思います。 私は情報システム系のサラリーマンを15年程していましたが、 個人のIT化?は結構奥手でした・・・。 PCを2001年、携帯を2002年に初めて購入した位で、 PCは流石にウィンドウズ10ですが、携帯は未だにガラケー です。しかし、何の不自由も感じません。確かに、スマホに 買い替えて、ラインやインスタグラム、各種お財布携帯等を 利用してみれば、また一つ、世界は確実に広がるでしょう。 つまり、何時でも利用しようと思えば出来るが、敢えて急ぐ ことも無いという状態が意外に快適?だったりするんです。 最低限の家事や国民の義務?はやっておきますが、もう少し 踏み込んだ領域のものに迂闊に手を出さない。そして、出来 ないことで必要になったら、迷わずプロの手を借りる・・・。 まず、自分が居て、何を考えて、何を言うのかが次に来て、 更にその後に、効果的で便利なツールは何だろう?となる のが順当な感覚だと思います。 どれほど便利で安価で素晴らしい道具でも、道具に使われて はいけないのではないでしょうか?まあ、PCでもガラケー でも、未だに十分に使いこなせてはいないのですが・・・。 以上です。失礼しました。

ほんとですね。利用しようとすればできるけど、敢えて急がない・・がいちばんですね。今は、他人にもその余裕を許さない感じがあるような気がします。 私が子供だったら、若かったら、今の時代を生き抜けるだろうか・・と思ってしまいます。 そういいながら、パソコンとかネットスーパーとか、ネットで図書館の予約とか、便利なものは便利に使ってます、だから一人暮らしが成り立ってるんですよね。

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内向的な人間は自然と自分に向かい合う時間を欲し、「孤独力」を育てると思います。わたしもそんな人間の一人です。 一方、孤独を嫌い群れを成すことを好む人間もいます。 ハチやアリは集団で一個の命という考え方もあります。一匹一匹は一個の生命の細胞のように考えることが出来ます。集団から切り離されると死を迎えるような命のあり方もまたあるように思います。今日孤独だという理由で命を絶つ人々はこのような人ではないでしょうか。 「個」として生きていく力と、集団の中で生きていく力、どちらが正解とも間違いとも思いません。 「孤独」をベースに外へ向かい、集団にも適用していく流れと、「集団」をベースに内に自己を顧みる流れとあると思うのです。 集団で動く人々はとかく目立つものです。目立つから思慮に欠けるように見えるかもしれませんが、人間、いつ完成しなければならない、ということもないでしょう。もう少し時間を与えて見てみるのがよいと思います。

なるほど。私は確かに内向的です。学生時代でも寮のパーティーなんかでも、時間が長くなって最後の方になると盛り上がってる場所から離れたくなったな、と思い出します。 年を取って一人暮らしになると、みんなそれなりにやっていますから、行き着くところは同じかもしれません。でも、「毎日人と喋りましょう」とか、年寄り向けの「勧め」をみると、一人もいいのにな・・と思って、図書館で借りた本を読んだりしています。 とはいえ、コロナが収まったら、マンション内の「親睦会」には復帰したいと思っています。誰とも喋らない生活ばかりでも、やはり面白くないですから。 外交的な方々が、世の中を動かしているのは確かですね。心配なのは、子供の頃から、みんな同じように群れなければ仲間はずれになるような風潮です。それぞれでいいのに、色んなこどもがいるのに、と思います。

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LINEは使わなければ、そのままでもいいと思います。 私も殆ど使っていません。 息子もいますが、LINEはしていません。 選択肢は、あると思います。