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【ネタバレ注意!】シンエヴァンゲリオンのラストについてどう思いましたか? 私は凄くびっくりしましたが妙に納得できました。

アニメ | 日本映画3,349閲覧

回答(21件)

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シンのポスター?(五人が浜辺で航空撮影しているやつ)みると、 マリがはじっこでなく真ん中にいて、 シンジとマリは固まってて、レイ、カヲル、アスカは離れてる感じですよね。 アスカはそんなに距離ないけど、シンジ・マリ・アスカの三人だけで見るとアスカだけ少し離れてる感じする。 このポスターからも予想出来ますね。 きっと意味のある位置だろうなとは思ったけどまさかのでした。

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他の方の受け売りなのですが、シンジは最終的にエヴァの存在しない世界を構築した。エヴァのテクノロジーが無いため必要以上に科学技術が発達せず現代社会と同様の世界になった。 エヴァのいない世界なのだからシンジがアスカやレイと出会うことは無い。(エヴァがいないならそもそもレイは存在しなくなるが、ラストシーンのレイっぽい人がレイだとは明確では無いし。)ただ、マリだけはエヴァと関係なくシンジの母親の同僚だったのだからシンジと出会う可能性は十分高い。シンジ×マリだとされているが、個人的にはマリはシンジにとって母親の友達のおばさんというポジションだと思っている。

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最終的に、シンジとマリがくっついて、ループの要であるエヴァンゲリオンイマジナリーが消滅し、全てのエヴァが消滅したことで、エヴァのいない世界にシフトして、「エヴァ」という物語が完結したわけだが、これまた庵野の嫌がらせが満載だった。 つまり、エヴァの世界は、サラリーマン(アニメ関係)のシンジが恋人のマリと一緒に作った創作である、ということ。 ホームのシンジがDSSチョーカーをしていたことが、エヴァの世界の実在を証明しているかのようでもあるが、逆に、マリかシンジが作っただけの小物である可能性もあるし、スマートウォッチのようなありふれたツールである可能性もある。 反対のホームに、レイとカヲル、アスカらしき人物がいるが、これは、エヴァの世界では重要人物である彼らも、ありふれた人間をもとにした創作のキャラであることを示唆している可能性が高い。 要は、いつもの庵野のオタク批判で終わったのがシンでありエヴァである。 庵野にとって、己の手を離れたところで勝手に大いに盛り上がり、それでいて批判や非難を一手に向けられていたわけだから、それこそ「エヴァの呪縛」でしかなかったのだろうな。

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遥か昔に「銀河鉄道999」を見た時の感動。 切なさと希望。 それがないまぜになった気持ちを思い出しました。 最後のこの映画でエヴァは紛れもない名作として残ることでしょう。 運命の女性に導かれた少年の大冒険。 その末に運命の女性と別離を迎えて、新たな世界に向けて走り出す。 万感の思いを込めて汽車は行く。 少年はもう大人になっている。 少年時代の終わり。 そして、大人としての人生の始まり。 実に見事に決着をつけたものだと思います。 前作の迷走ぶりを見て、この映画は終われないじゃないのか?と本気で思っていました。 風呂敷を広げ過ぎて、どうにも畳めないのではないだろうかと。 TV版も終わり方はウルトラC級反則技の終わり方でしたが、今回も相当な荒業でも使わないと終わりようがないのではないかという不安が大きかった。 席について劇場で配布していたチラシを開けば意味不明な単語のオンパレード。 高級なパンフレットに用語解説でもあるのかと思えば全く無し。 この段階で、超ウルトラ理論で強引に話を終わらせるのかと思ったものです。 でも、そんな杞憂を一掃してくれる希望にあふれるエンデイングでした。 さあ、行くんだ。 その顔を上げて。 古い夢は置いて行くがいい、再び始まるドラマのために。 あの人はもう想い出だけど、きっと遠くで見つめている。 宇多田ヒカルの「Beautiful World」が終わり、劇の幕が閉じた時。 今度は私の頭の中で猛烈にゴダイゴの名曲が響きだしたものでした。 boy meets girl. and goodby. よくある映画のパターンです。 999の鉄郎はメーテルと別れて一人走り出す。 シンジだってレイ、カヲル、アスカと別れて走り出す。 but, boy meets girl again. でも、シンジは父母の仲間だったマリが迎えに来る。 girl meets boy. マリにとって冬月、ゲンドウ、ユイと始めたエヴァのプロジェクトという呪縛。 その永き呪いを、慕っていたユイの忘れ形見のシンジが打ち破ってくれた。 シンジが大人になる物語は、同時にマリにとっても若き日の呪いから解放される物語だった。 シンジがエヴァを全否定するのならエヴァのプロジェクトで生み出されたクローンだって否定されてしまう。エヴァが使徒と戦う為の汎用人型決戦兵器であるのなら、エヴァ無き世界では使徒だって存在しては困る。 だから、カヲル、レイ、アスカではシンジの新たなエヴァ無き世界では存在できない。 シンジは彼らと別れることを自ら選択しました。それがシンジの大人になる通過儀礼。 シンジが作り出したエヴァ無き世界。 それはエヴァの呪縛に囚われていたマリが望む世界でもあった筈です。 だから boy meets girl and girl meets boy. 長い迷走の末であったとしても、「新世紀エヴァンゲリオン」は感動のフィナーレを迎えました。 名作だったと思います。

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過去作と違って普通に感動して泣けました。 批判的な意見として、旧作との同じくメタだ!!とか、オタクは現実を見ろ!!という当てつけだとか、意外なカップリングばかりで失望させられた。との意見もあるようですが、自分的には、すべてのキャラクターの精神的成長と気持ちに折り合いをつけたことに、心を揺さぶられましたし、かつてないほど共感出来たので納得しました。 たしか宮崎監督が庵野は何いじいじやってんだ。人はもっと強い(ふてぶてしく生きてる)だろ。みたいなことを言ってたようなのですが、今回もぶっとびのメタファクチャーやイマジナリーは健在でしたが、今回のエヴァは生命力にあふれて、メタファクチャーを現実逃避でなく、むしろ前向きに自分と向き合うための表現になっていて、旧作よりも俯瞰していると感じました。 人って何かと悩むしどうしようもなく苦しむこともあるけどたくましく生きてるよねって感じで、お師匠の域に達したのかな?って感じました。

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