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日本軍の戦車は機関銃でやられるみたいですが、何のためにあったんですか? 役に立ちましたか? 砲弾の威力も低い 遅い 装甲弱い

回答(10件)

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そもそも大東亜戦争の主戦場は東南アジアであり、欧州全線みたいな平坦な土地では無いので、戦車の重要性はかなり低いです なのでソ連やドイツみたいな強力な戦車は生産されていません

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日本の戦車は確実に存在する意味があったしかなり役に立ちました。 確かに日本の戦車(チハ等)は一部の装甲は大型拳銃を使えば理論上は貫通可能であり、実際に貫通させたデータも存在します。 しかしそれは理論上の事であり、元々目標とされていた対中華戦線での実際の戦闘では生じ得ないだろう記録でもあります。 まずそもそも当時の中華軍の主兵装は歩兵の持つライフルと軽機関銃位であり、一般的な交戦距離/状況において日本の戦車に有効打を与えるのは殆ど絶対と言って良い程不可能に近いです。 それに中華戦線でかろうじて出て来た機甲戦力と言えばソ連の払い下げである快速戦車であるBTシリーズなので十二分に対抗可能です。 至近着弾しただけで人間を引き千切る破壊力を持つ砲 人が進むより遥かに早い走行速度 通常装備のライフルや軽機関銃じゃまず抜けない装甲 どう見ても強いし実際に歩兵相手なら一方的に蹂躙出来る性能をしていました。 因みに、「帝国の稲妻(チハ)、くろがね(歩兵輸送トラック)部隊、銀輪(自転車)部隊は帝国陸軍の中華戦線における破竹の進撃を支えた」と言われていたそうです。

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ノモンハン事件の頃だと日本軍の37mm砲で十分にソ連戦車を撃破出来ていました。 ですから対戦車砲としては37mm砲戦車、歩兵支援用に敵機銃陣地への制圧には57mm砲戦車という使い分けが日本陸軍では行われていました。 ノモンハン事件でのソ連は日本側の倍以上の勢力だったのに、ソ連側は日本以上の損害を出していました。 ノモンハンの講和成立後すぐにソ連はドイツと組んでポーランドに侵攻して、第二次大戦になりますから日本の装備は時代的におかしいことも無かったのです。 >何のためにあったんですか? 役に立ちましたか? 日本では37mm砲搭載の軽戦車は対装甲車両用、57mm砲搭載の中戦車は歩兵支援用。 こういう使い分けが行われており、開戦前夜であれば国際的には標準的なものです。 具体的には。 ドイツの20mm砲搭載の2号戦車が本格的に生産されたのが1937年。 同じくドイツの3号戦車の本格量産型E/F型が37mm砲搭載で1938年末から生産開始。 日本の57mm砲搭載の97式中戦車の生産は1938年。 こうして見ればおかしくも無いのです。 ドイツの電撃戦とは1号戦車と2号戦車で行われていたのですから。 日本の戦車が役に立っていたのかと言えば、大陸で国民党軍や共産党軍相手にしているには問題ありませんでした。それはドイツの電撃戦が機関砲搭載の戦車で行われていたのと同様だったことでしょう。 3号戦車は後に50mm砲に換装。 更に75mm砲や105mm砲搭載の自走砲も開発されます。 97式中戦車も後に47mm砲に換装。 また、97式中戦車の車体に75mmを搭載したホニI/ホニⅢ。105mm砲搭載のホニⅡが開発されています。 この辺りの発想は全く同じ。 ドイツは4号戦車を作りましたが、日本も3式中戦車で75mm砲を搭載。 4号戦車やM4シャーマンに比べると弱装甲でも火力は追いついて来る形になります。 3式中戦車が弱装甲だったのは、4式中戦車と5式中戦車の開発が遅れていたためのストップギャップ用だった為です。 3式中戦車は本土決戦用に温存されて比島に送られませんでしたが、比島に送られて実戦参加していれば日本の戦車ももう少し評価されたことでしょう。

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日本の戦車は太平洋戦争まで段階では別に遅れていませんでした。 太平洋戦争では島嶼の攻防戦になったので、戦車は機動力を生かせず、輸送の手間もかかるので切り捨てられたのです。 もしも日本陸軍が戦車に注力していたら、かえって不利になっていますよ。