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ゲド戦記が意味不明なので、誰か解説してください。

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これは「父殺し」という物語のパターンを知っているとわかります。 青年は自分を押さえつける上の世代と対立し、それを乗り越えることで自我を確立するという、昔からある物語作りの定石なのです。 古典ではギリシャ神話のオイディプス王、SF映画だとスターウォーズのルーク・スカイウオーカーとダースベイダーの関係などです。 どんな集団にも起こる「世代交代」での対立を描いた作品などもこの一種です。 青年期には自分の目上の人間が鬱陶しいものですけど、「そういうもの」として人間や社会が出来上がっているので、理由を求められても「そういうものだから」としか言いようがありません。 どこの家庭や学校でも、子どもと大人の対立は起きますが、それと一緒です。 実際に殺人が起きるのは稀ですが、親や先生を否定して、別の生き方をしようとする小さな形での「父殺し」はさまざまな形で表れています。 ゲド戦記では、このパターンで実際に国王を殺してしまいますが、王子の方はそのあと何をしたら良いのかわかりません。 十分な考えもないまま、ただ父を乗り越えることしか欲求がなかったからです。 そういうことをメタな視点、抽象的に言いたいのだとわかれば、映画で言いたいことが見えてきます。

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私もそこが謎でした。 王位を継ぐ事へのプレッシャーから闇のアレンが暴走した位しか解釈しようがないのかな? 後は、監督が宮崎駿さんの息子さんですから、親父の支配や影響を払拭する的なメッセージ込めたのかもしれませんね。 (原作ではここで殺されないらしいので) ちなみにラストシーンで父殺しの償いをしに国へ帰るけど、いずれ戻るとヒロインに告げてましたが、王殺しって間違いなく死罪なるのでは?と考えすぎにはいられませんでした。

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アレンは次期国王としてのプレッシャーや孤独、言わば人の心の弱さから生まれた影に次第に心を乗っ取られてしまい父を殺害してしまった、と解釈しました

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なんででしょうなあ… 映画監督に聞くしかないような。 原作ではそうではなかったような気が。 今日やってたんですね。 チャンネル権を握ってるうちのばあさんが見てましたが、ばあさんもそこでは?と思ったらしく、その場面でぱっとチャンネルを変えました。。

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まあうがった見方をすれば、映画監督は宮崎駿の息子で、やつの監督した作品が父親を超えたことは一度たりともありませんからね。 駿の息子の苦悩とかの話題作りかしら。。 そんなことでそんな原作レイプされたらそりゃ原作者は怒るわな。

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https://movies.yahoo.co.jp/movie/324031/review/2255/ ここに書いてあった感想コメントが 分かりやすかったので 引用させていただきました。 "たぶん立派な父親と愚かな自分に 非常に引け目を感じていたのだと思います。 それで父親(光)を消すことにより 愚かな自分の心を(闇)で 埋め尽くそうとしていたと思います。 心の闇で埋め尽くすには、光のような存在の父親を 消すしか方法はないと考えたのかもしれません。 悪人は闇で心を埋め尽くし、光を嫌います。 そして光を消そうとします。 アレンも非行心で邪魔な光を消し去ろうそして 心の闇に引きこもろうと考えたのかもしれません。" ということらしいです。

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