キリスト教のワルドー派が弾圧されたのは何故ですか?

宗教 | 世界史19閲覧

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微妙な時代の運動だったと思います。 仮にワルド―が異端だったとしても、言葉で説得する、赴いてちゃんと話を聞くということはできたはずです。しかし、1230年に異端審問が始まると、異端の人々は罪人として処刑することが可能になりました。 ワルド―の生きた期間は大体第三回、第四回十字軍の時代に当たります。 第四回十字軍では十字軍はコンスタンチノポリスを攻め落としました。このころにワルド―の運動は高まりを見せ、彼らが運動している間東側の教会はイスラムに圧倒されて力を失っていました。 このことはつまり、カトリック・ローマ教会に対して、「そういう残虐なことをしてはダメじゃないか」と注意を促す存在がいなくなった、ローマ教会の世俗の権威が確立された時代だったと言えます。 ワルド―が破門された理由の一つは聖書をフランス語に訳したことだといわれています。 カトリック・西方教会では、ミサはすべてラテン語で行われ、ラテン語が聖書の言葉でした。これ自体がもともと、ただの翻訳に過ぎません。なぜなら、聖書はギリシャ語で書かれ、祈祷はもともとギリシャ語だったからです。ラテン語はとても語彙が乏しく、多くのギリシャ語をそのまま輸入しなければ翻訳することすらできませんでした。 しかしローマ教会はなぜかラテン語にこだわったのです。 一方で東方の教会は聖書を翻訳することに寛容でした。シリア正教会はアラビア語を使っており、聖書をスラブ語訳したキュリロスとメソディオスは聖人に列せられています。 同じことをしながら、片方は聖人となり、片方は異端となったわけです。 カトリックがワルド―に対して行った仕打ちのうち、キリスト教という観点から見て正当化できる理由はほとんどないように思えます。 結局、当時のカトリックの社会がそれほどゆがんでおり、自分の地位や利権にしがみつく亡者によって支配されていた、ということなのではないでしょうか。 もし仮に東方の社会のように、隣に住んでいるのがアラビア語しか話せない人だったりイスラムの人だったりすれば、聖書をアラビア語に翻訳した人がいたからと言っていちいち罪に定めたりはできません。そんなことをすれば、残虐なキリスト教指導者は嫌われ、その社会はたちまちイスラムによって占領されてしまうでしょう。 逆に、もし仮にワルド―のような信仰に優れたリーダーが出現すれば、イスラムに対抗する絶好の宣教師として重んじられたかもしれません。 残念ながら西方ではそういうことがなかったのです。

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戦争に参加しなかったゆえと聴いてます。 エホバの証人もそう。

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聖書が真の神の言葉であると考えて、聖書を大切にし、ラテン語以外に翻訳したからです。 当時のキリスト教からすれば、自分たちのインチキぶり、人々をだまし、搾取している様子が暴露されるので、ワルド派は我慢ならない存在でした。 矛盾しているようですが西暦一世紀に使徒たちが皆死んでから今日に至るまでキリスト教会は聖書の敵でした。 神のご遺志に反して聖書を翻訳したり、普及させたりしようとする人たちを皆殺しにしてきました。

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