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どちらも故人になりましたが、

回答(8件)

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宮脇さんは「作家」、種村さんは「記者」なので作風に違いがあるのだと思います。 宮脇さんは鉄道を通して社会を俯瞰して眺めたり、視点が豊富なのでおそらく鉄道にそんなに興味のない人が読んでも紀行文学としてそれなりに楽しめると思います。 種村さんはあくまで焦点は鉄道そのものであり、ガチの鉄道ファンと言えるかもしれません。それゆえ愛のムチ?的な批判も多く、そういったことが原因で賛否両論別あるのかな、と思います。

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宮脇俊三さんは文学者であって、激動の昭和の時代に生き、文章表現にも情感があり、昔日の美しい日本の描写から戦争体験まで、まさに後生に伝えるべき作品を遺しておられます。 一貫して紀行作家であり、体験したことを元に叙情的に著す筆致なのです。 しかし種村直樹は、そもそも宮脇俊三さんと比較対象にすること自体がおこがましい、一介の記者あがりの人物です。 人物的には、今風に云えばパワハラ系で短気。 そして、モラルは低い。 シッタカ。 たとえば、不慣れでマゴついている女性に向かって「おいオンナ、そこをどけ」などと言ってやったとか、着席できない混雑した列車内に釣り人愛用の折畳みイスを持ち込んで悦に入っていたり(つまりへたり込みの元祖?)、その他事前許可無しのゲリラ取材など、無茶苦茶なことをやってます。 なお、これらは某誌のバックナンバーなどに証拠は残っていますから、愛読者諸氏は私の回答を誹謗中傷として通報なさることは不毛ですと「苦言を呈しておく」w あるいは種村氏はシッタカ系鉄道ライターの元祖?のような側面もあります。 すなわち現場取材でも、解らないことを素直に「どういう意味ですか?」などと本職に尋ねたりせずシッタカを通し、あとで憶測的・創作的なデタラメな記事を書く記者がこの業界に多いのですが、どうやら種村氏がその元祖のようです。 このような姿勢が、今もガセネタ情報専門の某趣味誌に受け継がれ、鉄道趣味界に数々の都市伝説を生み出すルーツになっているのです。 まとめると、宮脇俊三さんの著書は懐かしい昭和に思いを馳せ、読後に充実感を得られる作品です。 対して種村直樹の著書は、本職が読めば「それ違うだろうが!(怒)」となるようなガセネタや曲解が多々あるのをはじめ、レポでも旅行中の些細な出来事に怒る、文句を云うという部分も多く呼んでいて不愉快で、読後感としても「なんなんだこの本! カネ返せ!」というのが多いわけです。(元JR社員)

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種村直樹さんは多人数でワイワイガヤガヤ旅、宮脇俊三さんは一人でひっそり旅という作風で、好き嫌いが有るのは当たり前です。 確かに種村直樹さんは、文章にひと癖あって、批判も厳しいのでおっしゃることはわからないでもないですが、どちらも乗り鉄には人気の作家です。私はどちらかと言えば宮脇さんの方が読みやすいかな、と思う程度でどちらも同じくらいファンです。

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種村直樹が嫌われていたというのは初耳です。逆に出所を教えてください。さらに言えば、種村直樹を嫌う人(たち)がいたとしても、それだけで種村直樹が嫌われていたとするのは、あまりにも飛躍過ぎます。確かに、別の回答にもあるように、若い頃はルボ的な本を書いていましたが、50半ばからは自分の思想信条を入れた話が多くなり、そういった本は買わない人も多数はあったようです。しかし、種村直樹は常に旅をし続け、ルポもし続けました。旅行貯金という新しい趣味も普及させたと思います。彼が残した文化はすごいと思います。

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種村直樹って、子供の汚い文字の手紙でも丁寧に返事を書いていたような人ですけどねえ。 今でいえば人気ユーチューバーみたいなスターですから、その人からダイレクトにやりとりができたり、ときどき会えるんだから、「嫌われた」ってのはどっから出てきたんですか? 芸人でもユーチューバーでも同じですが、人気者で露出が多ければ、それをどうこう言い出す人もそりゃいますよ。それだけでしょ。 宮脇俊三はそもそもが老舗出版社の敏腕編集者として知られ、鉄道はあくまで余技です。 それが鉄道作家として、社内事情もあって、退職までさして遠くない年齢で転進され、くったくのない筆を走らせたので、一般のファンが多くついたのですよ。 だから比較するなら阿川弘之や内田百閒ですよ。 つまり、鉄オタを相手にしていたのが種村氏だから、鉄オタなのだから、どういうことになるかは想像に難くないでしょw?

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