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2021/4/15 11:14

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昭和以前の帝国大学はどのくらいすごかったんですか?

大学受験204閲覧

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その文言失礼です。 今でも、その評価は別格です。 旧帝大と言われるだけのことはある。 ノーベル賞受賞者を輩出した大学ですよ。

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どちらも難関10国立、旧帝大。 日本でトップ10に入る大学です。 北大や九大を馬鹿にしてるのは、 それら大学に入れず仕方なく筑波や横国といった一流と二流のボーダーライン上に落ち着いてしまった連中です。

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特に、粗末な扱いは受けてないと思います。 指定国立大学には落選したり(九大)、応募すらできなかったり(北大)ですが、国からあてがわれる運営費交付金や科学研究助成金などは相変わらずです。 8位の筑波大学と7位の北大の差は、徐々に縮まってはいますが。 そもそも、帝国大学があった時代の学制と、戦後すぐの学制改革以降の現代では、進学のシステムが違います。 最も過酷な入学試験は、旧制高等学校への進学。 次いで、旧制中学校への進学です。 旧制高等学校というのは、今の大学の前期に相当します。 全国の旧制高等学校の定員と、旧制大学の定員がほぼ同じぐらいで、大半の人は高校内部の成績を元に、希望する大学に進学できた時代。 大正14年の旧制官立高等学校への進学率は、全国平均で僅か0.63%ですから。 時代が下がって昭和になっても、全国平均で1%程度です。 今なら、どんなに貧乏でも、学力さえあれば国立大学に入学出来て、本当に貧乏なら授業料免除を受ける事も可能ですが、旧学制の時代は高等学校や大学に入学できるのはごくごくごく一部のお金持ちだけだったんですよ。 貧乏だけどとびきり頭が良い人が出現すると、地域の素封家の養子になったりして大学に進学するケースや、村のみんなでお金を出しあって進学費用を工面するなどの特殊な例を除けば、大抵は高等小学校卒業で就職した時代です。 唯一、官立の師範学校は学費無料だったため、頭が良いけど貧乏‥という人は高等小学校を卒業後師範学校進学というルートが用意されていたワケ。 旧制師範学校のほとんどは現代の国立大学教育学部となっていますが、本来中等教育クラスだった師範学校は新制に移行する際に『二階級特進』だった事になります。 これは、戦後の日本を占領していたGHQの命令によるもの。 と、横道にそれましたが、結論として『システム自体が違う』ので、現代とは比較できません。

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そもそも、東大の入試方式は、旧制第一高等学校(今の東大教養学部)の入学試験方式を踏襲したものです。 他の旧制高等学校が、新制になるにあたって大学に包括されたり昇格したりする中で捨て去った方式。 だから、東大では入学した人の全員が一旦教養学部の所属となり、一年半の成績を元に学部に『進学』するんだって。 因みに、東大以外で似たようなシステムだったのが北大。 戦後しばらくは、旧制北海道帝国大学予科の入試方式を踏襲し、 文類、理類、医進、水産類 での入試を実施。 水産類が別れているのは、北大水産学部は北海道帝国大学水産専門部から独立した函館高等水産学校を母体としているから。 で、時代が下がって平成6年までは、 文I~III系 理I~III系 医学進学課程 歯学進学課程 水産系 の9区分入試。 ってね。