道徳や倫理は、理屈ではないと思いますか?

補足

人生の教養が身につく名言集 (単行本)  出口治明 人間は、1人では生きてはいけない動物です。人が集まり「社会」という共同体を作り、人間は社会に守られて生きているのです。 社会には、それがきちんと機能するための「ルール」が存在します。社会で生きる私たちは、そのルールを守り、その中で自分の「やるべきこと」にベストを尽くす。それが、私たちが社会で生きていく上で、最低限、求められることです。 もし、ルールに縛られず、100%自由に生きたいというのであれば、無人島で1人で暮らすしかありません。 そこでは、守ってくれる人は誰もいません。自分の身は自分で守っていかなくてはなりません。「完全な自由」とはそういうものです。

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ベストアンサー

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

みなさん、回答ありがとうございます。

お礼日時:4/20 7:20

その他の回答(4件)

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社会を作り出しているのは人間じゃなくて機械や畑などの道具ですね。 機械は同じ使い方をすれば必ず同じ結果を返すので人間の精神がどんな風になっていても現代社会は最早殆ど変化しないんですね。 やる気が無かろうがベストを尽くしてようが機械のスイッチを正しい順番に押せば結果は変わりません。 やるべき事にベストを尽くしているのは機械なのでそれを人間に求めたら社会は上手く機能しなくなります。 最低限のルールだけ守ればやるべき事など無いしベストを尽くすかどうかは個人の自由です。

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道徳は道と徳に分解できます。 道とは筋が通っていることです。 日本語の筋だと意味が分かりにくいので、英語の「make sense」で理解します。そうすると、senseの意味は名詞で通常の「感覚」という意味以外にも「分別、思慮、正気、意識」、動詞では「気づく、感知する」を指します。 つまり、一般的に正気である、分別があると感官器官で知覚される行為を指します。このため、社会生活上は、外から見て人が正気である、分別があると感知されるように従うべきルールやマナーという側面も有しています。 他方、徳とは幸福のことで、各人が追求する性質のものです。 ですから、補足は意味の説明が不十分で、本来的には道徳は幸福に筋が通った善悪の分別、思慮があり、正気で、意識的な状態を志向する行為を指しますので、各人が能力を駆使して追求する自分が積極的に守るべきものです。 行為者はいないとしても幸福はあるのです。

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良心が抜けてる。 自分の心には嘘をつけない。

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道徳や倫理、法律等々、は結局つじつまを合わせた理屈ですから。 理屈と言えば理屈ですわ。