日本軍は補給を重視しなかったや、インパールやニューギニアの山越えの困難を想定しなかったといいますが、なぜですか?

補足

兵用地誌というのか情報を集めていたはずです。商社マンや外交官に化けた軍人や協力者がいたはずですが、奥地まで考えなかったのでしょうかね。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答ありがとうございます。 落ち目になると合理的でなくなりますね。

お礼日時:4/22 22:39

その他の回答(6件)

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●インパール作戦の擁護● 【1】泥沼の消耗戦となっている日中戦争で、中国軍が戦えているのはインド北部のインパールから英軍が飛行機で支援している為。 【2】インパールを攻略する為には車両同行・補給が困難な、道路未舗装で、雨季には増水や土砂崩れが発生する2000m級の山脈と河川を踏破する必要あり。 【3】途上には村どころか人が居ないため食糧徴発も出来ない。インパール作戦は保留。 【4】1942年6月のミッドウェー海戦で日本は制海権や制空権を喪失。 【5】インドでは英軍が着々と増強。日本のビルマ方面軍よりも上回る。 【6】敵より少ない兵で戦う為には、何より綿密な連携が必須。だが2000m級の山脈と河川が走る地形では連携は不可能。防衛線を布いても確固撃破されるのがオチ。 【7】制海権を失っている為、撤退は無理。防衛線構築もやがて敵に攻略され全滅の結果が変わらないのならば、インド北部のインパールに進軍させ、出来れば打撃を与える、そうでなくとも英軍の戦力や物資を削り、中国軍へ余力を回せなくする。

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地図を見て、 線を引っ張って、 ここを進め 程度の作戦だから ちなみに 地図を見て、 線を引っ張って、 ここに鉄道を建設しろ と、計画したのが泰緬鉄道

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常軌を逸したア ホの集団では、冷静に現実を直視した意見は「卑怯者」というレッテルを貼られ、なんの根拠もない楽天的な妄想がもてはやされるんです。

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そもそも、日本の軍事力で、そんなところまで行って作戦できるわけがない、とわかっていたから想定外なのです。 昭和5~6年ころにそんな作戦考えたらキチガイ扱いされたでしょう。 ところが、陸軍としては想定外だったアメリカと戦争になってしまった。 できるわけがない、と、夢にも思っていなかったことをやらねばならなくなった。

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今の体育会系にもつながる精神主義、つまり気合いがあれば何でもできるという考えが支配していたからでしょう。それは共産主義国家でよく見られる、叱責を恐れるため事実よりも上官に耳障りのいい報告ばかりを上げ、全体の方針が現状からズレて行く結果も招き、無謀な作戦に追い込まれていく結果になったのでしょう。

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