いじめっ子もいじめられっ子も、学校がすべてとは思ってはいけないですよね? 学校がこの世の全世界ではないと。

補足

スクールカーストなんて、学校から一歩出ちゃえば何の価値もなさない。 ティーンエイジャーも、オフの日の趣味や余暇を楽しみましょうよ。

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ベストアンサー

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

どなたにBAを差し上げるか、相当悩みました。 行政が学校外でのサークル活動、欧米みたいなワークキャンプというボランティア、国際交流活動を斡旋してくれればいいんじゃないですかね。まずはいじめ対策の窓口を設けて。学校の教師なんて保身だけで信用が置けませんよ。 部屋に引きこもるしかないなんて、あんまりですよ。

お礼日時:5/9 22:32

その他の回答(9件)

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そうなんですよね。 学校的な考え方だと、人権無視はもちろん、人の命すら軽視されます。 学校から離れて、もはや学校的な生き方が出来なくなったと分かった時に、初めてあれはイジメだったと認識する加害者が多いです。

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学校が全てだとは思ってはいけません。 いじめの被害者は正常な思考を奪われた状態なので『学校が全てである』と思っても思わなくても他者嫌悪のみならず自己嫌悪に至ると思われます。 居場所があるかどうかというのはいじめが起きた場所にもよります。いじめの被害者である方が唯一の居場所であるところからいじめの被害に遭われた際一生の心の傷を負い、最悪の場合命を経ってしまうのです。 いじめられ、自殺した方はその場所だけのいじめだけで自殺に至るとは思えません。趣味があったとしても家庭環境や友人関係、部活、将来やりたいことなど何かしらの逃げ道が何一つなく、誰からも理解されることもなく、正常な思考ができずに全てに絶望して『死』という結論に辿り着くと思います。案外、自殺に至るまでの軌跡は単純ではないのではないかと。 人間は集団で生きる生物であり異質なものを排除する傾向があります。そして何かとカーストを作ってしまうのです。学校はあくまでもその一部です。 いじめの加害者という家庭環境に何かしらのバグを持ち、それを無自覚になって育ち、他人に対する感情を持ち合わせない、圧倒的に自己中で可哀想な屑は意識的に心を壊すきっかけを与えて無意識的に心を殺し、人格を壊し、無意識に人殺しをするのです。

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”学校が全て” そう思ってるわけじゃなくて、 その世界しか知らない、ってことじゃないですかね? 当事者としては、 知らないという自覚すらない。 ”知らないことを知らない。”ってのは不幸な事だと思います。 それに被害者側からすると、 数年経とうと、大人になろうとずっと何かに怯えて生きなくちゃならないくらいのものだから、 イジメにあってる時期って、いじめられていない時間帯こそが、まさに人生に絶望と恐怖を感じている時でもあるので、余暇を楽しむなんて出来なかったりしますよ^^;

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井の中の蛙…ってことでしょうか? 私自身もそうだったかもしれません。いじめられていた時に他に学校で居場所を失ってもうダメだと思ったこともありました。 でも、他のクラスに当時付き合っていた人がいて、「嫌なことがあっても週末にはデートが待っている。」と考えたり、勇気をくれる歌(浜田麻里さんの"Return to myself" だいたい歳バレてしまいますね…)に巡り会えたこと等で乗り切れたのかもしれません。

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学校内でイジメ事件が起こったのであれば、せめて事件の真相解明のために奔走するべきだと思いますね。それができない学校は、最終的にどのような非難をうけようと仕方が無いでしょう。

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家庭がいじめられた子にとって、安心できる場所になればいいと思います。また、いじめた子は学校以外で暴力を受けている可能性も高いです。家庭を安心できる場所にすることはいじめをなくす上で大切なことかもしれませんね。

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