その他の回答(11件)

0

同じ仏教国でもタイには墓がないそうです。 なので、仏教=「お墓が必要」ということではなさそうですね。 日本ではかつて土葬が主流でしたが、 火葬をするようになったら、こんどはそのお骨をさらにお墓に「土葬」するようになったんですね。 日本は火葬+土葬の文化なのです。 いろいろな風習のミックスがあった上で、日本人にはそのかたちがしっくりきたのでしょう。 墓石がなぜ必要かというと、やはり土葬のころからの目印としての 役割の名残というのは大きいと思います。 昔は日本でも個人墓でした。古いお寺にいくと、一人分の戒名の彫られた 大人の膝くらいまでの高さの小さなお墓が並んでいます。 それが、スペースや子孫の管理の問題などから、家族いっしょで一つの墓にするようになりました。 その際、家族いっしょなのだから少し大きく見栄えのするお墓にしようと 考えるひとたちも当然現れ、今のように中心の墓石だけでなく区画全体でひとつの「家」のように飾るように発展したのでしょう。 どこの家庭も、子だくさんで、日本が急速に裕福になっていく時代の話です。 そして、いまはその逆ですから、その頃に確立されたお墓のありかたが合わなくなってきていますね。

0

「お前もここに入るような身になるぞ、死ぬんだぞ。」 と教えてくれる場所。 自分の命のありようについて考えさせてくれる。

0

昔は人が死ぬと喪上がりの宮(死亡という災厄が去り、死んだ人の魂が清らかになるまで安置する小屋)で遺族が付添い、長い場合は一年、短くても7日が七回ぐらい経ち、遺骸が白骨になったら人の通らない山腹などに埋葬し、少し盛り上がった上に目印の植物を植える。それがおハカ(人が果てた所)だった。 しかし仏教が入ってくると、だんだん形を重視するようになり、おハカも植物の代わりに卒塔婆、やがて墓石を立て、墳墓のようなものになる。 死者が黄泉の国に罷ると、生きている人はけして会ってはならず、見ても触れてもならない。もし触れると汚れとなり、様々な障害が生ずると考えられていた。喪上がりの宮(殯宮)を建てるのも、汚れた親族が集落を離れるためでもある。今でも喪中は祝い事に出ず、葬式に出た人にはお清めの塩が配られるのはそのためである。バカバカしい習慣だと笑うものは笑え、しかしその笑う者が賢くなった証拠は一つもない。

0

亡くなった人の供養の手助けとなる「故人の象徴」のひとつです。 現在の法律では火葬は必須ですが、遺骨を拾う義務も墓を造る義務もありません。金もかかるし、誰でも作れるものではありません。 坊主の商売の場合が多いです。 供養の手助けとなる故人の象徴は、墓以外にも色々考えられています。 ・位牌・・・昔は写真がなかったので、木の板に名前を書いたものを故人の象徴としました。戒名を書く場合は、仏教アレンジです。) ・遺影(写真)・・・現代では、これがベストです。 供養とは 人は2度死ぬと言われています。1度目は肉体の死、2度目は人の記憶から消えた時です。故人を忘れない、時に故人を思い出すことこそ最大の供養です。 墓がなくても供養はできます。